世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
バイデン新保護主義と製造業「空洞化」:スマイルカーブは政治的限界に
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2023.11.20
産業「空洞化」対応は超党派の政策課題
バイデン政権は目玉政策を展開する中で,新保護主義とでも言うべき自国内製造業の振興策を詰め込んだ。税額控除や資金拠出などを得るためには,インフラ建設では資材等の自国生産要件(インフラ投資雇用法ビルド・アメリカ,バイ・アメリカ(BABA)法),EVに関しては北米での最終組立て要件やバッテリー部品の北米生産比率要件(インフレ削減法)を満たさなければならないのである。
背景には,経済効率を追求した通商政策を進めてきた結果として産業空洞化が進み,重要物資の過度の海外依存が安全保障上のリスクとして顕在化しつつあるのみならず,製造業失職者等不平等が悪化したとの,政権の認識がある(注1)。トランプ政権からバイデン政権へと通商政策の多くが引き継がれていることからも分かるように,これは超党派でのコンセンサスといえる。
だが米国の製造業は,新たな保護主義が必要なほどに,本当に空洞化の危機にあるのだろうか。実情は産業ごとにかなり異なる。以下では,生産動向(製造業生産指数)を中心に,そうした状況を概観したい。
GDP成長ペースから製造業生産が脱落
まずは製造業全体の趨勢を確認してみると,もともと米国の経済成長(実質GDP成長率)と製造業生産指数は,ほぼ同じペースで増加していた。好況期には生産指数の伸びが上回り不況期には下回るものの,通算してみれば,1972~2007年のGDP成長率は年率3.1%,製造業生産指数の伸び率は同3.0%となる。
しかし,07~22年ではGDP成長率が同1.8%であるのに対して生産指数の伸び率は同▲0.3%となり,現時点(23年第2四半期。以下同)でもリーマン・ショック前のピーク水準を回復できていない。生産指数の推移はリーマン・ショックの前後でトレンドが上昇から横這いへと変化してきており,ショック後,米国は,経済が成長しても生産が増えないように構造が変化している。
その背景としては,やや皮肉めくが,「スマイルカーブ」に象徴される米国の効率的な生産体制が完成したことが一因と考えられる。すなわち,付加価値の相対的に高い上流部分(設計・開発等)と下流部分(ブランド・マーケティング等)を米国内に残し,付加価値の低い中流部分(製造等)を海外拠点/企業に移管するというサプライチェーンの仕組みの完成である。これには,01年,中国がWTOに加盟したことによる製造工程オフショアリングの爆発的増加が大きく貢献している。この動きはチャイナ・ショックと呼ばれ,労働集約的な産業・工程において,米国内製造業雇用の大量喪失の一因となる。
ただし,リーマン・ショック前の不動産バブルによる高成長時代までは,生産指数の伸びはGDP成長率にキャッチ・アップできている。米国の好景気を受けて国内生産拠点でも増産しながら海外生産拠点を拡充して付加価値の低い産業や工程から移管していったものと考えられ,この時期には国内製造業の付加価値の伸び率が生産指数の伸びを超えて急伸している。その後,リーマン・ショックによるリストラのタイミングで,今度は高コストな国内拠点の減産・閉鎖も含めた海外拠点への生産切り替えを進めていったことが推測される。
産業ごとにみれば,衣料の生産指数は早くも98年頃に横這いから低下に転じ,2001年頃から低下が加速する。繊維の生産指数は3~5年遅れ程度で衣料の動きをなぞる。両産業の指数はリーマン・ショックでさらに大きく低下し,そのままほぼリバウンドもなく,現在まで低下傾向を続けている。現時点の衣料,繊維の指数は2001年第1四半期対比で各々2割と4割にまで落ちた。空洞化が先行し,もっとも進行している産業といえるだろう。
電子機器,自動車,一次金属,機械,それぞれの実情
今回,バイデン政権の目玉政策において国内生産振興の対象となる主な産業としては,電子機器(CHIPSプラス法での半導体など),自動車(インフレ削減法でのEVなど),一次金属や金属加工品(インフラ投資雇用法での資材など),機械(インフレ削減法でのクリーンエネルギー関連など)が挙げられる。
電子機器の生産指数は,現時点で2001年第1四半期対比3.3倍,リーマン・ショック前ピーク比53%増となり,米国製造業を支えてきた。今回,政府はこれまでにない製造工程の大規模国内誘致に踏み出した。半導体関連は先端産業の肝であるとともに,軍民融合が進む中では安全保障上の肝でもあることから,空洞化対応ではなく政治上の判断から,「スマイルカーブ」を象徴する半導体グローバル・サプライチェーンの経済効率性を削り,フレンドショアリングやリショアリングを進める。
自動車は,保護主義的政策をも駆使して自国内生産を維持してきた産業である。生産指数は,現時点で2001年第1四半期対比51%増,リーマン・ショック前ピーク比24%増となっている。欧州市場などでは,EV導入による自動車の電気機器化を背景に,電気・電子機器製造に強い中国企業のシェア拡大が急速に進行している。仮に米国の自動車産業に第2のチャイナ・ショックが起きた場合,政治・経済・社会に及ぼす影響は第1次チャイナ・ショックの比ではない。バイデン政権としてはあらゆる手段を用いてでも空洞化を未然に防ごうというスタンスと考えられる。
これに対して,一次金属と機械は生産指数が低下しており,現時点で2001年第1四半期対比9割台前半にとどまる。両産業ともリーマン・ショック後数年でショック前水準を回復(一次金属は若干未達)したものの,そこから再度退潮となり,現時点ではショック前(07年第4四半期)から各々▲18%,▲12%低下している。政権としては大統領選挙で天下分け目となるラストベルト地域の選挙対策といった面もあろうが,中国の過剰生産問題など世界市場の歪みが存在する中で,基幹インフラや軍備の基礎ともなるこれら産業を空洞化に向かわせて良いのかといった懸念もあろう。
トランプ政権下での通商拡大法232条による鉄鋼・アルミ製品への追加関税,バイデン政権がそれを受け継ぎ調整しつつ進めるバイ・アメリカン政策拡大と,産業保護は政権を跨り継続されている。しかし一次金属の生産指数増としては表れておらず,コロナ禍の影響もあろうが,17年(232条追加関税前)比で22年は▲5%低下である。たとえ保護主義策によって米国内一次金属製造業の事業環境が改善したとしても,生産は伸びず,また,米国経済全体には広く損害が及んでいることが考えられる。その経済的損害よりも大事なものがあるというのが,冒頭に記したように現政権の意思であり,米国超党派の意思であるといえる。
[注]
- (1)サリバン大統領補佐官講演(2023年4月),サプライチェーン強化の大統領令(2021年2月)など
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鈴木裕明
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