世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3175
世界経済評論IMPACT No.3175

Mate60 Proショック:なぜ中国は米国の半導体規制を突破したのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.11.06

 中国・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)のスマートフォンMate60 Proが7nmチップを搭載したことで,米国の半導体規制を突破したのではないかと大きな論議を呼んでいる。カナダの技術・知財コンサルタント会社テックインサイツ(Tech Insights)は,このチップを解析し,報告書(66ページ)を発表した。本稿ではこの報告書について紹介する。

 Mate60 Proに搭載されたチップはKirin9000Sで,昨年,華為傘下のファブレス企業のハイシリコン(海思)が設計し,中国最大のファウンドリー企業の中芯国際集成電路製造(SMIC)に委託し製造させた半導体が,搭載されたと考えられる。SMICは昨年の時点で7nm(N+1)を開発し,これに3デンシティ(トランジスタの集積密度)を増やし,7nm(N+2)として先端半導体7nmの設計能力に達したという。Kirin9000Sから確認できた機能は,フルプロセスバージョン(完全な処理機能)を備えたことである。

 Mate60 Proから取り外されたKirin9000Sの表面には「Hisilicon Kirin9000S」の文字が印字されている。これは,このチップを「ハイシリコン」が設計したことを示している。ところがその下に「2035」の文字がある。通常のこの意味は「2020年第35週」に製造されたとの意味である。しかしこの可能性はない。なぜならば,この時点においてSMICは7nm(n+2)の技術を持っていなかったからである。つまり,この番号は製造された時点を示していないことが推測できる。一方,Kirin9000Sの7nmのサイズは,107m㎡(平方ミリメートル)であり,米国の対中規制前にTSMCに委託製造させた「Kirin9000」の5nmは105m㎡のため,2%も大きい(当然,線幅7nmのチップは5nmのチップよりも大きい)。識別できる特徴から見ると,ここまでで得られた結論は,Kirin9000SはSMICによって製造された可能性が極めて大きいということである。

 報告書に掲載された7nmのダイ(die)の写真は,以前のSMICの14nmのダイよりも密度が高い。「ダイ」とは,半導体チップの製造工程で,円盤状の基板に回路パターンを焼き付け,賽の目状に切り分けて得られた一枚一枚のチップのことである。これに金属端子やプラスチックのカバーなどを取り付け封止(パッケージ)すると半導体チップになる。

 この7nmのダイの線幅は前述の14nmのダイより小さく,しかし,5nmのダイまでには至らず,14nmと5nmの間のレベルである。多くの臨界次元(critical dimensions;CDs)は5nmよりも劣り,おおよそ7nmのレベルに相当する。走査電子顕微鏡(SEM)による比例寸法によるゲートピッチ,フィンピッチ,半導体製造工程の後半部分(Back-end-of-line;BEOL)などを測ると,7nmチップの特徴を確認することができる。

 2022年にテックインサイツはSMICの7nm(N+1)を測定し,このKirin9000Sに搭載した7nm(N+2)は,明らかに7nm(N+1)よりも優れているとしている。しかし,TSMC,サムスンやインテルなどの7nmチップより密度が低いことも判明した。

 米国による対中規制のため,SMICはオランダのASML社製の最先端EUV(極端紫外線)露光装置を入手することができず,ASML社製のDUV(深紫外線)露光装置を使って多重露光(multi pattern)方式で製造したと考えられる。多重露光は,リソグラフィを繰り返し露光することで,より細かい線幅の製造ができるが,良品率は高くない。この7nm(N+2)は昨年に開発した7nm(N+1)と非常に類似していることもSMICが製造したと結論付ける根拠の1つである。7nm(N+2)のチップがより小さく,ノード(node)の密度も7nm(N+1)より高い。「ノード」とは,「結び目」,「集合点」,「節」といった意味である。なお,SMICの良品率は約70%と言われているが,最も悪い見積もりでは約50%だ。因みに業界の良品率の基準は90%以上である。具体的な例を挙げると,今年10月半ばに発売されたアップルのiPhone15 Plusに搭載されたA17チップは,TSMCが最新鋭のEUVを使用して製造した3nmの先端半導体である。TSMCの試作段階当初の良品率は50%台で,次第に80%以上に向上させていった。

 3nm,5nm,7nmのチップは既に実際の物理的寸法との相関度がなく,TSMC,サムスンやインテルを問わず,自社のバージョンや編成番号による定義である。チップの標準面積に搭載されるトランジスタの数を観察することで,どの水準に達したか判断することができる。具体的に言えば,インテルの10nmのトランジスタの密度は1.012億/m㎡,TSMCとサムスンの7nmのトランジスタの密度はそれぞれ1.012億/m㎡と9120億/m㎡に相当する。この場合,3社のレベルには大きな差がない。インテルの10nmチップの呼び名からは,TSMCとサムスンよりも遅れているイメージがあるため,後に「インテル7」に改称するようになった。要するに,トランジスタの密度が,重要視されるようになった。

 米国が中国の半導体製造技術を脅威と感じたのは,EUV露光装置の対中輸出を制限すれば,中国の半導体製造技術は14nmに留まり,7nmの技術水準は達成することができないと誤って判断したからだ。2018年にアップルのスマートフォンiPhoneXSに搭載したA12チップは,TSMCがDUVを使って7nmチップを開発し納入した。EUVがなくても,先端半導体を製造することができた前例があるにも拘わらず,米国は中国を侮って見ていたと言えよう。

 なお,SMICで7nmの開発に当たったのは元・TSMC技師の梁孟松だ。同氏は「TSMCのR&Dの6人組」(林本堅,楊光磊,蔣尚義,孫元成,梁孟松,余振華)の1人であり,「TSMCの裏切り者」とも呼ばれた。カリフォルニア大学バークレー校で電子工程博士号を取得し,博士課程の指導教授である胡正明は,半導体製造のFin FET(魚のフィン(ヒレ)を立てたような構造の電界効果トランジスタ(FET))技術を開発した人物である。線幅22nm~5nmの半導体はこの技術が必要になり,梁孟松は胡正明教授の愛弟子の1人であることを考えると,同氏が7nm製造技術の能力を有していることを疑うことはできない。

 マスコミは,「Mate60 Proショック」との見出しで報道し,中国の7nmチップの国産化に驚くが,重要な点を報じていない。多くの論者が見落とした点は,次のことであると筆者は考えている。米国製の最新鋭のF35戦闘機とミサイルは,ファブレス企業AMD傘下のザイリンクス(Xilinx)が設計し,TSMCに製造を委託したFPGA(設計者がフィールド(現場)で論理回路の構成をプログラムできるゲート(論理回路)を集積したデバイス)の7nm半導体チップを搭載している。中国による7nmチップ開発で米国が脅威と捉えたのは,SMICが製造した7nmチップを中国製の戦闘機やミサイルに搭載した場合,国防総省が急いで3nm半導体を開発し,既存の戦闘機とミサイルのバージョンアップを図らない限り,米国の優位性がなくなるためである。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3175.html)

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