世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3152
世界経済評論IMPACT No.3152

2024年大統領選を軸に,揺れ動く米国:レジリエントなデモクラシーへの模索が続く

平田 潤

(桜美林大学 名誉教授)

2023.10.16

米国民主主義と大統領選挙

 米国大統領選挙は,その歴史・伝統と,長期にわたり発揮される政治ダイナミズムにより,選挙を通じての民主主義による「権力の承認・交代の場」として,世界の耳目を集めてきた。

 そして2024年は4年に一度の大統領選の年である。今回は1月中旬,まず共和党のアイオワ州で党員集会が行われ(民主党では2月にサウスカロライナ州で予備選挙),11月の本選(一般有権者による投票)に至るまで,長期にわたる熾烈な選挙戦が繰り広げられる予定である。

 これまで米国は,様々な深刻な危機に直面した際(古くは19世紀南北戦争勃発から,20世紀では大恐慌/第二次世界大戦時,近年ではサブプライム危機/リーマンショック等)に,大統領選を契機に新たなリーダーが誕生し,斬新な政治スタイル・リーダーシップが発揮されるという経験を累積させてきた。

 このような成果を「選挙」により達成してきた米国が,「民主主義の本山」を自負する所以ではある。しかしながら近年では,2020年選挙時に未曾有の混乱と対立・抗争が生じて,その深い亀裂と分裂が解消されないまま,2024年選挙を迎えることとなった。

トランプ前大統領の登場と混乱

 2016年のトランプ前大統領の出現とそのパフォーマンスによって,米国は大統領選,さらに民主主義自体が大きく揺り動かされた。トランプ政権時代では,確かに政策面で所謂「米国第一主義」の旗印の下で,不法移民防止への強硬策,TPP(貿易)条約やパリ(気候変動)協定からの離脱,中国に対する本格的対立への移行,といった新機軸(その幾つかは先見性があったことが評価されている)が大いに物議をかもしたが,なによりその政治スタイルが型破りであった。

 そしてラストステージ(2020年大統領選)においては,さらに深刻な混乱を引き起こした。

 即ち,各州での投票方式,開票や集計過程に不正があったと疑義を呈し,いまだ2020年の結果(民主党バイデン候補の勝利)をも認めていない。そしてトランプ氏自身が,選挙結果確定への議会手続き妨害や,米国議事堂への襲撃教唆等を巡って司法訴追を受ける,という事態となり,政敵の民主党陣営は勿論のこと,共和党の一部,そして主要メディアから,米国民主主義を破壊する「台風の目」的存在として,厳しく指弾されている。

トランプ氏の岩盤的支持層の背景と淵源

 一方,現下(2023年末)での次期大統領選に向けての支持率(共和党支持層べ-ス)をみても,トランプ氏の支持率は依然として圧倒的に高く,2番手以下競合候補を大きく引き離している。しかもトランプ氏の過去の行動を厳しく批判するライバルは多いものの,これまでの政策や理念を厳しく否定する有力ライバルは少なく,同氏のパフォーマンスへの賛同は兎も角,氏の政策力・対応力・リーダーシップへの共和党支持者の信頼は依然として底堅い。

 今後トランプ氏が起訴・有罪となった場合,選挙に及ぼす影響は未知数となるにしても,共和党層に留まらず同氏の岩盤的ともいうべき支持層は厚く,あまり離反しない可能性も高い。

 そうしたなか,米国民主主義が弱体化(フレイル)し,或いはポピュリズムに陥った,とする大手メディアの主張がメインストリームとなり,米国民主主義の危機に警鐘を鳴らしている。

 所謂ポピュリズムとは,実は民主主義の亜種である。メディアによる理念イメージとしては,安直に,国民の利益やメリットの実現に迎合する政治姿勢が総称される。米国自体が建国以来,そうした流れに一時的・一過的に流される局面は多々あった。しかしトランプ旋風は既に7〜8年持続しており,その背景には,より深刻な米国の抱える「構造危機」が存在するといえよう。

米国の「構造危機」と「政策危機」

 米国では,IT革命を活用した金融グローバリズム勢力が,90年代後半から2000年代前半にかけて市場を席捲した前後に,「構造危機」の萌芽(フロス)が発生・急拡大した,といってよい。

 デリバティブを駆使し,創造的な金融商品を設計開発する「金融工学」,全てをリアルタイムで評価可能とする「時価主義」,VaRに代表される精緻な「リスク管理」,そして最後に控える司令塔としてのFRB(当時はグリーンスパン議長)という「アーキテクチャー」は完璧に見え,市場メカニズムの信頼度を高めたが,一方傲慢な市場原理主義を暴走させ,巨大なバブルを醸成し,モラルハザードを拡大して,ついに2008年「リーマンショック」を引き起こした。(「構造危機」)

 ここで民主党オバマ政権が期待を背負って登場した。同政権は,確かに短期間で,100年に一度とされるリーマンショックの大ダメージから米国を(マクロ経済的には)回復させた。しかし経済/金融の早期回復再建に焦慮するあまり,①金融による経済支配に暴走した元凶ともいうべき金融グローバリズム(当事者),に対して中途半端な改革に留まったこと,②GM等の大企業救済に向け,財政資金によるテコ入れが先行したことは必要であったにしても,リーマンショックで大きな経済ダメージや財政負担を強いられた,中産階級層の回復がなおざりになってしまった。とくにオバマケア(医療保険プラン)により,低所得層(民主党支持基盤)への新たな福祉政策を最優先したことで,当初の期待支持層の幻滅と離反(具体的にはティーパーティー運動による中間選挙の大敗北)を招くと共に,頑迷な教条的保守派の復権をも許してまった。(「政策危機」)

 いわば深刻な危機により生じたダメージから「救済」(Rescue),「回復」(Recover)がまだ不十分な段階で,性急に国論を割るような「改革」(Reform)に走ってしまった。米国はこの時期から歯車は,分断が深刻化すべく逆回転し始めていた,といってよい。

レジリエントなデモクラシーへの模索が続く

 国内で「構造危機」と「政策危機」のしわ寄せを浴び,伝統的政治家群の説く未来に失望した国民層(解体した中産階級他)が,アメリカンドリームはおろか選択肢を喪って,ポピュリズム的リーダーシップに期待を見出さざるを得ないというのが,現在の米国デモクラシー混迷の背景にあるといえよう。米国のレジリエント(強靭)なデモクラシーへの模索に注目したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3152.html)

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