世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「第四の矢」はあるのか
(独協大学経済学 教授)
2023.10.16
四十年間も続いた中国経済の急成長に陰りが見えてきた。
これまで,中国経済の急成長実現には「三本の矢」があった。「第一の矢」は農業人口の転出である。正確に言えば農村人口の転出である。戸籍制度により,農村に生まれた子供は大人になれば農業従事者になる。政府の統計によれば,改革・開放政策が始まった1978年に全人口9億6259万人に対して都市と農村の人口はそれぞれ1億7245万人と7億9014万人であった。また,全就業人口4億152万人の中で,都市と農村の就業者数はそれぞれ9514万人と3億638万人であった。農村就業者数に含まれた「郷鎮企業」の就業者2827万人を除けば,農業従事者は2億7811万人になる。一方,中国の耕地面積,農業生産規模,生産性などの計算から農業従事者は1憶5000万人から1億8000万人の規模が妥当とする研究もある。つまり,約1億人の農業従事者は余剰と言うことだ。これに加えて,1950年代,中国もベビーブームを迎え,78年以降に生まれた新たな生産人口は,農村就業者として年々増加し,1997年のピーク時には4億9039万人に達した。つまり,統計上,農村就業者は増加したが,農業規模からは2億人以上の農村余剰労働力が生まれたことになる。この農村余剰労働力は鄧小平の改革・解放政策により,「農民工」となり,非農業産業に吸収されていった。これは中国経済が急成長し「世界の工場」を形成するための基本条件となった。
豊富な労働力だけでは「世界の工場」は作れない。「世界の工場」の形成にはまず工場で作った製品を買ってくれる市場が必要である。1978年に,中国の1人当たりGNPはわずか379元(225米ドル)であり,国民は極貧の状態にあった。労働力があっても,作った商品を吸収してくれる市場は国内に存在せず海外に市場を求めるしかない。しかし,当時の中国には輸出能力はなかったのである。1978年の中国の輸入額はわずか206.4億米ドル,輸出額は97.5億米ドルしかなかった。しかも1980年代を通して貿易赤字が続いていた。海外市場を相手とするならば,労働力の外に資金と技術も不可欠である。ここで登場したのが「第二の矢」の開放政策である。(農村と都市の)過剰労働力を吸収し,不足する資金と技術を導入し作った商品を海外市場に売る「一石四鳥」の海外直接投資誘致政策である。この政策が大成功した。特に2001年にWTO加盟後,輸出入が飛躍的に増加した。2022年,輸出入額は6兆3065.1億米ドルに,輸出額は3兆5921.4億元に達した。78年の305倍と368倍である。国内市場の狭小を克服し,経済の急成長をもたらした。
しかし,中国は経済規模が拡大するにつれて,輸出の経済成長への寄与度が低下した。1978年に4.6%であった輸出比率(輸出額/GDP)は,2006年に35.9%まで上昇したが,これをピークに低下に転じた。2009年に,30%台,2016年に20%台を割り込み,2021年現在は19.0%となった。これに対して,改革・開放政策以降,経済成長を至上命題としてきた政府が実施した対策は「第三の矢」である投資の拡大である。中国経済における投資比率はもともと高かったが,特にリーマンショックを発端とする世界金融危機に対処するため,中国政府は「四兆元投資計画」を打ち出し,経済成長は輸出主導から投資主導に転換した。2009年,固定資本形成比率(固定資本形成/GDP)は48.2%に上昇し,2013年には49.3%まで達した。その後も43%前後を維持している。しかし,この投資拡大は成長を支えると同時に,生産力の過剰問題をもたらした。生産力の過剰は供給過剰として現れ,鉄鋼製品の過剰から高速鉄道輸送能力の過剰と住宅供給の過剰まであらゆる分野に及んだ。時間が長引けば,供給過剰は更に企業の財務,地方政府の財政と家計を圧迫し,深刻な債務問題になりかねない。住宅会社の債務問題は既に顕在化している。
問題の所在は段々と見えてきた。輸出主導も投資主導も一時しのぎの対策でしかない。より重要なのは国内需要の育成である。2021年現在,家計消費比率(家計消費/GDP)はわずか38.5%でしかない。この家計消費比率では海外需要,投資需要に依存するのも仕方ない。家計消費比率を高めるのには,家計所得の増加は不可欠である。これは「第四の矢」に成り得るであろうか。
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