世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3145
世界経済評論IMPACT No.3145

インドの対グローバルサウス外交:穀物輸出制限措置について考える

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2023.10.09

G20サミットとグローバルサウス

 コロナ渦の洗礼,長引くウクライナ紛争,深刻化する気候変動の影響,引くに引けない米中対立などグローバルな問題が山積する中,今年9月9−10日,デリーでG20サミットが開催された。インドにとってG20サミットの開催は,地域大国からグローバル大国への脱皮を世界にアピールする上での絶好の機会であったといえる。

 インドがG20議長国としての立場で腐心したのは,持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動問題など地球規模の重要テーマに向き合い,その問題解決に向けての道筋を提示することであり,もう一つはG20でのグローバルサウスの発言力をいかに拡大させるかということであり,そのためにインドが特に力を注いだのはアフリカ諸国との結束強化であった。これまでG20でのアフリカからのメンバーは南アフリカ一か国でしかなかったところ,今回,アフリカ連合(AU:55カ国が加盟)をG20の新規メンバーに加えることができたのは大きな成果であった。

穀物輸出制限措置の波紋

 今後,グローバルサウスの盟主の座をめぐって,印中間での鍔迫り合いが一段と活発化することが見込まれる中,これまでインドの対グローバルサウス外交として大々的に展開されたのものとして,ワクチン外交を挙げることができる。世界の薬局を自負するインドのワクチン外交は2021年1月に開始され,その後,デルタ変異株による第2波の襲来に伴い,国内新規感染者の急増で一時的に新型コロナワクチンの海外向け供給は中断を余儀なくされたものの,同年中に再開され,23年6月15日現在,インドはグローバルサウスを中心とする101カ国を向けにすでに3億125万5千回分の新型コロナワクチンを提供してきたという実績がある(注1)。

 ここで検討されるべきは,世界有数の穀物輸出国としてのインドの対グローバル外交のあり方である。2020年度から22年度までの3年間,インドの穀物輸出は合計8500万トンに及び,そのうち71%はコメが占めている。実際,2001年度以降,インドは世界最大の米輸出国として,22年度のコメ輸出は2180万トンを記録しており,世界の米貿易(5560万トン)の4割を占めるまでになっている。しかしながらインド政府は22年5月の小麦の輸出禁止措置に続いて,同年9月には破砕米の輸出禁止措置,さらに23年7月には米輸出全体の3割を占める非バスマティー米の輸出禁止措置を矢継ぎ早に導入した。ちなみに非バスマティー米については,その輸出先の54%がアフリカ諸国で占められていることから,輸出禁止措置がグローバルサウスの国々に与える打撃は大きいといえる(注2)。こうした輸出禁止措置の発動が,G20サミット宣言で謳われたグローバル食糧安全保障の精神に悖るとともに,穀物輸出国としてのインドの信頼性を損ねることになるのは明らかである。

何故,穀物輸出制限措置を発動するのか

 インドが小麦や非バスマティー米の輸出禁止措置という挙に出たのは,異常気象による穀物生産への影響を懸念したためとされる。インド政府は消費者物価指指数(CPI)の許容上限を6%(4+/-2%)に設定している。インフラ抑制の観点から最も留意されるべきは,CPIバスケットの40%弱を占める食糧価格の動向である。政府は農産物の市場価格が最低支持価格(MSP)―政府が農民から購入する際に適用される価格―から大きく乖離しないよう,細心の注意を払っている。市場価格がMSPを上回ることになれば,公的配給制度(注3)を維持するのに必要な穀物在庫を確保できなくなるからである。

 インドは2021年,22年と2年続きの熱波に見舞われ,冬小麦の政府調達が21年度の4330万トンから22年度に1880万トンに激減した。それが引き金となって22年5月に小麦の輸出禁止措置が実施された。しかし23年2月には小麦の市場価格がMSPを上回ったため,インド政府は食糧公社の備蓄小麦の市場向け放出,さらには民間業者保有の小麦在庫の上限設定などを通じて,事態の打開を図った。天候不順が農作物に及ぼす影響は2023年の場合も同様であり,降雨量が例年になく低下する中,旱魃が懸念される中,6月から7月にかけてCPI上昇率は4.9%から7.4%,食糧CPI上昇率は4.7%から10.6%へと一挙に跳ね上がった。そのため同7月,インド政府は繊細で芳香なバスマティーを除く非バスマティー米の輸出禁止措置に踏み切り,併せてパーボイルドライスに対して20%輸出税の賦課,バスマティーに対して最低輸出価格(トン当たり1200ドル)の設定という措置を講じることとなった(注4)。

今後の展望

 インドは有力な穀物輸出国であるもかかわらず,穀物の輸出禁止措置を発動するということの真意は公的配給制度を滞りなく機能させることにある。公的配給制度はインド国民の3分の2をカバーしており,それを維持することに高い政治的優先度が付与されている。ちなみに穀物在庫の維持という点では穀物輸入の活用という選択肢も考えられ,また輸出制限を導入する場合であっても,それに先立って輸出税の賦課から徐々にスタートさせるという選択の方がグローバルサウスに国々にとって負荷は軽減されるはずである。しかしながら異常気象が頻発し,作物栽培に及ぼす影響への懸念が高まるという状況下では,それによって直ちに穀物インフレの鎮静化をもたらすというわけではないにせよ,穀物輸出制限措置の発動は今後とも避けられない見通しである。

[注]
  • (1)その具体的内訳は,贈与:1512万7000回分,商業ルート:2億3409万2500回分,COVAX:5202万7000回分である。Vaccine Maitri: COVID-19 Updates
  • (2)Ashok Gulati, Raya Das, Sanchit Gupta, and Manish Kumar Prasad, “Tackling Food Inflation: Is restricting exports and imposing stocking limits the optimal policy?”, Policy Brief 15, September 2023, ICRIER
  • (3)インドでは2013年に制定された全国食糧保障法(NFSA)に基づいて,全国3分の2(農村の75%,都市の50%)の人々を対象に,毎月1人当たり5キログラムの穀物を安価に提供される公的配給制度が確立されている。さらに新型コロナ渦の救済措置として,「貧困者のための食糧保証計画」(PMGKAY)に基づいて,20年4月から22年末までの期間中,8億人の貧困者を対象に22年末までの期間中,毎月1人当たり5キログラムの小麦ないしは米が無料で支給された。
  • (4)小麦,非バスマティー米の輸出禁止措置は,かつて2008年度~12年度の期間中にも導入されたことがある。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3145.html)

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