世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3128
世界経済評論IMPACT No.3128

“地域企業”をめぐって

大東和武司

(関東学院大学 客員研究員・広島市立大学 名誉教授)

2023.09.25

 「世の中に“雑草”という草は無い」という牧野富太郎の言葉は高名であるが,あわせて牧野は「雑木林という言葉がキライだ」とも言っている(木村久邇典『周五郎に生き方を学ぶ』実業之日本社,1995年)。草でも木でもそれぞれに固有名詞がついているはずなのに,雑草だとか雑木林とか言ってしまう人びとの無神経さ,礼儀のなさをたしなめたのであった。

 われわれは,得てして「企業」はこうだとかああだとか,それぞれに登記名のある企業をひとまとめにして言いがちである。ただ,「学」として,企業の仕組みなどを多角的に考察して,経営・経営管理についてまた企業経営上のヒト・モノ・カネなど細部について,公約数的なものを導き出し,体系化しようとなると,「植物」と同じく総体としての言い方になる。

 “地域企業”,企業に“地域”をそえると,雑草ないし雑木林と同じたぐいではないかと言われそうな懸念が生じるが,“地域企業”という用語には,それぞれの企業の成り立ちなどにおいて,少なからず地域性ともいうべき背景がかかわっているという含意がある。もちろん,“地域”の範囲には,使い方によって,狭い市町村単位であったり,一国ないし複数国を含む広い範囲であったりと,可変性がある。

 加えて,「企業」というと概して大企業を思い浮かべ,そこから導出される点を,“地域企業”によって補おうとする意味合いもある。さらに,特異性ないし特殊性などの視点での中小企業の議論などはあるものの,「企業」の考察のなかに,暗黙的に中央と周縁の議論あるいはトリクルダウン理論的な大企業から中小企業また家計に恩恵が拡がるという議論に通じる側面などがあるのではないかという懸念もある。事実,中堅・中小企業の成長の根幹は大企業によるものではないし,たとえ周縁の地域企業だとしても,地球規模で俯瞰的に市場を見つめ,そのためのイノベーション(技術)を続け,中央とみられる大企業に挑戦あるいは眼中にさえも入れていないケースがある。

 企業をみる場合,創業者ないし経営者あるいは従業員に代表される「人」が大きいことは間違いないし,そのうえで,経営体としての組織が検討されてきた。加えて,企業にとっての制約要因としての企業を取り巻く環境が,あるいは克服可能性をもたらすものとして社会資本などの要因が検討されてきた。さらに,国際ビジネスなどでは異文化適応などと市場参入において乗り越えるべき拘束要因しての文化・慣習などが考察されてきた。

 他方で,「地域」は,地理学を中心としてさまざまな議論がされてきた。地域は,地表上の自然的な要素と人間・社会的な要素の複合的なものとして理解されている。長谷川・稲福(2019)は,地域を構成する要素として,生活者,住民意識,人材などの「人」という人的要因,地理,社会資本(地域・行政)などの「環境」という自然・地勢的要因,伝統・慣習,経験的知識など「文化」という社会価値的要因,そして仕事・生活支援などの「組織」という制度的要因の4つをあげている。それぞれの地域で人びとが生活するなかで,「人」と「組織」は,人の意識の裁量に係わるし,対象への関わりでもある。「環境」と「文化」は,人間の意思や行為を少なからず拘束要因となる。この4つの要素の関与・相互作用・相関関係によって,それぞれの地域で生活する人にとっての魅力,粘度,また資源が生まれる。

 ところで,1992年に生物多様性条約が採択され,生物多様性の概念が広まっていった。その後,2010年生物多様性条約第10回締約国会議(名古屋)で生物多様性保全の必要性についても認知されるようになった。そして,緑化等に際して,地域の在来種を利用した方法,とりわけ地域性系統(注1)の使用が求められるようになった(例えば,2015年「自然公園における法面緑化指針」)。

 人間も生物であり,またひとりでは生きられない。社会のなか,地域のなかにある。一人ひとりのなかには私と公,それらがどちらかに偏るのではなく交じり合い,混成,重なりあっている。私のなかに公を含まれている。企業も同様に社会のなか,地域のなかにある。範囲は企業によって多様かもしれないが,地域の消費者また取引先などなど,ステイクホルダーズがあって成り立っている。そう考えると,“地域”を企業にそえ,“地域企業”として企業を考察したほうが,まだまだ有用であると思われる。

 CSR,ESG,SDGsなどと,とりわけ2000年代以降,企業活動のなかに社会性,公性を取り込んで,地球規模での問題またそのほかさまざまな課題解決に能動的に係わることが求められてきた。そうであれば,おおまかに社会性や公性を含んだものとしてではなく,具体的に細かく地域をイメージ(限定)しながら,企業活動を進めた方がよりよい成果に近づくだろう。ある地域を背景に生まれ育った企業が国際展開するのであれば,その企業は,本国(本社)と進出国(子会社)の複数地域の中心点(結節点,ノード)を核として機能的な結びつきをすることになる。限定性をもった“地域企業”が限定性のある地域を拡げ,かつ全域性をもった課題にも取り組んでいくことになる。

 多国籍企業をみる場合に,日系多国籍企業,米系多国籍企業などと,「系」ないし「-based」をつけることが多かった。バートレットとゴシャールもそうした背景のもと,日米欧の多国籍企業9社を事例として組織形態を4つの類型に峻別した(『地球市場時代の企業戦略・トランスナショナル・マネジメントの構築』吉原英樹監訳1990年)。このことは,企業が,経営者が意図しないとしても,その成り立ちにおいて,それが生まれた地域あるいは文化などの影響を少なからず受けているということに起因する。

 しかしながら,1990年代に入ってグローバリゼーションの議論の高まり,企業でいえばTransnationalsの議論は深まってくるにつれて,グローバル企業などという言い方が広まっていった。しかし,中国系多国籍企業の議論など,まだまだ「系」ないし「-based」を捨て去ることはできないのではないだろうか。まずは地域に起因する要素をふまえたうえで,企業を考察することが,企業そのものについても,さらに企業の社会における役割などの検討においても必要ではないだろうか。経営者が,地域ないし文化が持っている経営上のマイナス面を意識的に排除する経営を行なおうとしているとしても,“地域企業”の視点で,個々に企業名がついている“地域企業”を事例に,丹念に考察することが意味をもってくるのではないだろうか。たとえ,すり足のような歩みだったとしても。

[注]
  • (1)地域系統性とは,自生種のうち,ある地域の遺伝子プールを共有する系統,遺伝子型とともに,形態や生理学的特性などの表現型や生態的地位にも類似性・同一性が認められる集団という定義(日本緑化工学会「生物多様性保全のための緑化植物の取り扱い方に関する提言」2020年)である。ちなみに,日本の植生区分は,気候,地史,植生,遺伝子などの指標によっていくつかあるが,9,10ないし18地域に区分されている。
[主な参考文献]
  • 大東和武司(2023)『地域企業のポートレイト-遠景・近景の国際ビジネス』文眞堂
  • 長谷川路子・稲福善男(2019)「地域の共通性・特異性を明らかにするための思考形式」『日本経営診断学会論集』19,pp.92-98
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3128.html)

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