世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバルサウス,新しい「大陸」
(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)
2023.09.18
グローバルサウスの登場は新興国等の拡大発展に焦点があてられることが多いが,その実態はコロナ・パンデミック,地球環境危機,ウクライナ戦争,これら対象国の地政学的,外生的なコンティンジェンシー的な環境に深くかかわって創発的に形成されてきたと言わねばならない。グローバルであると同時にそれとは反対に世界2分割をも暗示するサウスという自己矛盾した表現がいみじくもこの現代世界を実存主義的に言い当てているのである。グローバルサウスの存在感は現在の全般的な地球危機の裏返し,その申し子である。実際,これまでの理性存在としての先進国対途上国,北と南という構図は大分前から溶解してしまっていた。世界は動態的にさらに変貌した。BRICSの経済的な発展に関連して北との紐帯関係や,従属と支配の関係からの自律の動きだけが重要な事実ではない。それよりも,世界人口の3.5%にあたる2億7000万人に上る主に先進国への移民人口と,1億840万人にも達した難民の世界的な移動(いずれも国連統計による)が地球儀上の地理的な南北問題という意味合いを遂に第2義的なものにしてしまった。このような人口移動によって南北格差は地理的位置付けというこれまでの必然性を失ってしまった。ウクライナ戦争は,新興国がウクライナとロシアの戦争当事国と西側同盟に対して等距離を置こうとする意図を明確化させ,グローバルサウスという新たな「大陸」の誕生を浮彫にさせたのである。
BRICSだけでG7より世界経済に占める割合は大きく,西欧とその他世界という区別はもう通用しなくなった。新聞紙上で掻き立てるような流行にとらわれず,黒田友哉教授(静岡県立大学)のように冷静に長期的かつ歴史的に見れば,グローバルサウスというこの新たな用語は,フランスの歴史学者アルフレッド・ソヴィ(Alfred Sauvy)が南半球に集中する国々を指してフランス革命のときの3部会における第3身分をもじって「第3世界」(tier-monde)と呼んだこと,また国連貿易開発会議(UNCTAD)発足して以降,途上国77カ国グループが創設されたことも同じような発想からであったことが分かる。先進国と発展途上国の格差など世界経済の南北問題・気候変動の問題に関連して,今や先進国の総称としてのGlobal Northに対する途上国の総称,その意思表示の明示的な顕在化した表現となっただけである。
その辺についてはSouthとされる当事国の方がNorthとされる国々よりも問題意識は高い。フランスの日刊紙ルモンドは8月27~28日付社説で「BRICS拡大の2重のロジック」と題して欧州統合と同様に深化と拡大の2つの論理の両立は深刻な課題であり,地域統合論の長年のジレンマである。統合体制の内部の収斂には多くの時間が必要で,BRICSは開発のための共同の銀行以外には常設の機構を有さず,統合のための体制はほとんどゼロで加盟国間の不均衡や内部格差は収斂にほど遠い。EUの場合でも域外に拡大するのは域内の深化よりも実現に困難が少ないように見える。加盟か否かというような論議は表面的には分かりやすい。しかし実態としてはコペンハーゲン基準やアキ・コミュノテール法体系を満たすことは並大抵なことではない。ウクライナがEU加盟に手を挙げさえすればそれだけで統合交渉がまとまれば加盟できると世間は思ってしまうのである。それよりも難しいのが統合の最大の目標である市場の収斂や構造改革の実行である。果たして何人のエコノミストがグローバルサウスの将来を楽観的に語れるだろうか。
グローバルサウスという表現はいくつかの地政学的要因によって一層加速した。英国の地政学者マッキンダーによれば「ハートランド」(heartland)と呼ぶ世界地図の心臓部たる概念として,海洋国家欧州(coastland)とユーラシアと呼ぶ巨大世界島(World-Island)における中間地域,すなわち,中央アジア・バルティック海からロシアを含むアドリア海までの空間こそが国際政治の雌雄を決するところである。その有名な言葉,「ハートランドを制する者は World-Islandを制する。World-Islandを制する者は世界を制する」(マッキンダー)は海洋国家と大陸国家の抗争の構図を示唆するものである。1997年の米国の政治学者ブレジンスキーの「世界島論」の登場以降,ユーラシア大陸こそが世界の地政学的帰趨を決定していく。元駐仏大使・元外務省大臣官房長の飯村豊・政策学院大学教授が近著「外務省は伏魔殿か」でいみじくも指摘しているように,欧州ではバルト3国,ポーランド,英国などの海洋型国家のロシア封じ込め弱体化・抗戦派と,ロシアとの安定的かつ戦争の早期終結を望む大陸型国家の独仏の対露融和派の「対立」は,ユーラアシア大陸の勢力均衡バランスこそが米国のグローバル覇権支配を左右するというテーゼを暗示するものであろう。
米中の対立激化,ロシアによるウクライナ侵攻後の国際政治においては米欧日加豪などの西側諸国の総称Global Westとの対比において,中露以外の新興国・途上国の総称Global Southがより鮮明になってきた。更に,ウクライナ戦争をきっかけに西側諸国とロシアや中国の溝が深まった。グローバルサウスに明確な定義はなく南半球に多くある新興・途上国の総称として用いられることが多い。北半球の先進国と対比した言葉になるが,南半球に属する国のみを指すわけではない。「一般的に東南アジアや中東・アフリカ,中南米の国々,太平洋島嶼国などを含むグローバルサウスは本来のその異端な部分を捨象した大変に変形した概念である」とインドのシンクタンクThe Observer Research Foundation所長サミ―ル・サランが注意を促すように,それは散在した地域,歴史,経済の国々を包含するものである。
ハーバード大学教授ケネス・ロゴスはこれまで途上国の唯一の経済的資源は豊富な天然資源と安い労働力であったが,気候変動の世界的危機は低所得国の交渉力を強いものにし,南北関係のダイナミックを変化させてしまったと指摘。気候変動と「帝国主義的」生活様式に関連して,米国のノーベル経済学賞受賞者ノードハウス教授は気候変動への経済学の最適解とされるパリ協定を批判,また資源エネルギー収奪に依拠する先進国は帝国主義的生活様式とする考えもグローバルサウス論に拍車をかけたことなども忘れてはならない。
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