世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3113
世界経済評論IMPACT No.3113

どうする原発:原発回帰は偶然の賜物?

市川 周

(白馬会議運営委員会事務局 代表)

2023.09.18

 今年16回目を迎える白馬会議では『どうする原発!』をテーマに,ドイツや日本のようにハイテク先進国でも原発管理のリスクはとてつもなく高いという前ドイツ首相メルケルの問題意識に立ち戻って,徹底討議する。

メルケルのチェルノブイリ恐怖と原発全廃

 2011年3月11日,福島第一原子力発電所で深刻な炉心溶融事故が発生した時,そこから1万キロも離れたドイツ・ベルリンではメルケルが首相官邸で日本からの衛星テレビ画面を食い入るように見ていた。その4日後の3月15日,彼女は国内の稼働原発16基中,30年以上経過している7基について即時稼働停止命令を出した。それから3か月後の6月30日には残り9基を2022年末まで10年かけて廃炉処分とする原子力法改正案を連邦議会で可決させた。最終的には翌23年4月15日,全ての原発がドイツ全土から消えた。

 メルケルは福島原発事故のテレビ画面を凝視しながら何を脳裏に蘇らせていたのか? 福島原発事故の25年前,ドイツからそう遠くないウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故だ。死者の数は4万人に達したとされるが,その実数は不明で30万人という推定値すらある。現在もなお,原発から半径30キロ圏内は居住が禁止され,原発から350キロ圏内はホットスポットと呼ばれ局地的な放射能高濃度汚染地域が約100か所にわたって点在する。

 メルケルは福島原発事故で日本列島にチェルノブイリが再現されると思ったに違いない。実際,事故直後,菅首相に提出された内閣府原子力委員会(近藤駿介委員長)の「最悪シナリオ」では半径170キロ圏がチェルノブイリ事故の強制移住基準に達し,北は盛岡市,南は横浜市に至る東京を含む半径250キロ圏が自然放射線レベルに戻るには数十年かかるとされた。「東日本壊滅」である。

「東日本壊滅」を止めた事故現場の偶然と僥倖

 この「最悪シナリオ」は現実のものとならなかった。福島では原子炉の暴走も格納容器の爆発も起こらなかった。しかし,それはハイテク大国・ニッポンが原子力のリスクを制御できたためではない。偶々の偶然・僥倖による。例えば2号機では消防車の燃料切れでしばらく注水できなかったことがメルトダウン抑制に幸いした。さらに格納容器の繋ぎ目や配管接続部に隙間が出来たことで格納容器爆発に至らなかった。4号機プールで水が干上がらず格納容器爆発を誘発しなかったのも,たまたま原子炉ウエルの仕切り板に隙間ができ水が流れ込んだためだったという。このような一連の偶然が僥倖につながった。

 事故現場におけるこの一連の偶然事象は事故の翌年に出された東電,政府,国会等による原因調査報告書には言及されておらず,NHKが事故後10年の取材期間と1500名以上の関係者取材を投入してまとめた『福島第一原発事故の「真実」』において明らかにされたもので,当然,当時のメルケルは知らなかった。

メルケルのチェルノブイリ偏見を吹き飛ばした福島原発事故

 彼女にとっての衝撃はドイツと並ぶハイテク大国日本がチェルノブイリ事故に限りなく近い情況に追い込まれたことだった。彼女は福島事故から3か月後に行ったドイツ国内原発の全廃に関する議会演説で次のように語っている。

 「・・・福島事故は全世界にとって強烈な一撃でした。この事故は私個人にとっても強い衝撃を与えました。大災害に襲われた福島第一原発で人々が海水を注入して原子炉を冷却しようとしているのを聞いて,私は“日本ほど技術水準が高い国も,原子力のリスクを安全に制御できない”ということを理解しました。・・・私は福島事故の前には原子力のリスクを受け入れていました。高い安全水準を持つハイテク国家ではリスクが現実の事故につながることはないと確信していたからです。しかし,今やその事故が現実に起こってしまいました。・・・私は今日,この連邦議会の議場ではっきりと申し上げます。福島事故は原子力についての私の態度を変えたのです」。チェルノブイリ原発事故が西側が使わない黒鉛炉で技術水準も従業員の練度も低い社会主義国家の原発だから起きたという偏見がメルケルにはあったが,福島事故はその偏見を吹き飛ばした。福島に「チェルノブイリの悪夢」を見た彼女はドイツ原発政策の大転換を国民に求め認めさてしまったのである。

原発全土廃炉か原発回帰か―もう一度真摯な議論を

 これに対して「偶然の賜物」で大破局を逃れた日本政府は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」をまっしぐらに走っている。ドイツが国内の原発全廃を達成した本年4月15日から1か月後の5月12日,新たなエネルギー政策の根幹となる「GX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法」を国会成立させた。同法ではなんと福島原発事故の翌年に決めた「原発40年ルール」(運転期間を40年とし,40年経過時点で安全性が確保されたらさらに20年の運転延長も可)を見直し,40年運転期間内での点検等休止期間を経過年数から除外することで,実質「50年ルール」も可能とした。さらに,メルケルが聞いたら腰を抜かす話(?)ではあるが,「次世代型革新炉」の名のもとに原発のリプレースすなわち新増設も可能とした。

白馬会議―4つの視点

 さて,今年の白馬会議だが,「どうする原発!—コモン・センス(自明の理)で問え日本のエネルギー選択」を統一テーマに原発継続を巡る“二項対立”的論争を超えて日本国民の「コモン・センス」に適うエネルギー選択を4人の基調報告者を招いて徹底討議する。

 第1セッションは「大地震と原発事故―過去の教訓にどう立ち向かうか?」について,立石雅昭氏(新潟大学理学部名誉教授)が大地震に見舞われた時の原発の災害リスクにつき福島第一原発の教訓を踏まえながら,地震列島に原発を立地する意味を考える。

 第2セッションは「原発の正義とは? 原発訴訟をめぐる司法の役割と可能性」について,樋口英明氏(福井地裁元裁判長)が専門技術主義と先例主義に傾斜してしまった原発差止め裁判の現場から守るべき司法の正義を問う。

 第3セッションは「やってはいけない原発ゼロ―人類文明と原子力技術」について,澤田哲生氏(エネルギーサイエンティスト・元東京工業大学ゼロカーボンエネルギー研究所)が,人類文明の未来を考えるとき,本当に原子力技術を諦めてしまっていいのか? タブーと先入観を超え敢えて問う。

 第4セッションは「原発はほんとにグリーンか?―目指すべき脱炭素化戦略」について,松久保肇氏(原子力資料情報室事務局長・経産省原子力小委員会委員)が,原発は果たして脱炭素化を推進する有力な政策選択の1つとなり得るのか? 原子力に頼らない社会の可能性を模索する。

 開催日は11月18日(土)~19日(日)。是非ご参加ください。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3113.html)

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