世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3087
世界経済評論IMPACT No.3087

独裁化するEU加盟国・ハンガリー:なぜEUはオルバン政権に手を焼いているのか

山本 直

(日本大学法学部 教授)

2023.08.28

民主化の優等国から独裁国へ

 中央ヨーロッパの内陸に位置する人口1,000万人ほどの同国は,東西冷戦が終わって以降,急速に民主化を進めた。そのさまは,同じく民主化を進めた近隣の国々の中でもとくに際立つように見えた。1999年にはNATOへの加盟を,また2004年にはEUへの加盟を果たし,自由民主主義の価値に基づく旧西側の一員となったはずだった。

 しかし,まさにEU加盟を果たした時期からハンガリーの民主体制は後退していく。オルバン・ビクトルが首相に返り咲いた2010年以降,その傾向は顕著となる。

 司法機関の独立性を弱める。言論と報道の自由を侵食する。汚職対策を取らないどころか,政府上層部も不正行為に手を染める。自由でない不公正な選挙を黙認(または率先)する。少数民族を抑圧する。学問の自由を制限する。ジェンダーの平等を軽視する。性的少数者を抑圧する。このようなオルバン政権の施政は,同国を独裁国家と呼ばれてもおかしくない体制に仕立て上げることになる。

 国政選挙を4年に一度実施している点では,表層的には民主的な手続きによる施政ではある。けれども,自由でない不公正な選挙ということもあり,オルバンを党首とする政党「フィデス」がハンガリー議会でほぼ常に3分の2を占めている。比較政治学でいう選挙独裁,あるいは競争的権威体制と呼ばれる体制が続く。

ハンガリーとEU

 自由,人権尊重,法の支配,民主主義を共通の価値とみなすEUにとっては,身内に問題国を抱えてしまった格好となる。

 EUは,ハンガリーの独裁化に黙ってはいなかった。けれども,およそ批判と警告の声を挙げるにとどまり,実効性のある対策をほとんど取らなかった。せいぜい,EUからの補助金をここ数年間凍結できている程度である。

 見落とされやすいのは,むしろ,EUが結果的にオルバン政権を支える形となってきたことだ。

 ハンガリーへの補助金を凍結できたのは,あくまでも最近のことである。それ以前は,ハンガリー国内のインフラ整備に費やされた額のおそらくは半分以上をEUが融資してきた。

 EUは,意思決定に際して,特定多数決と呼ばれる制度をしばしば用いる。それは,賛成国の数と総人口を考慮する独特なものであるが,他方では,依然として加盟国政府の全会一致で決定することも多い。そこでは,いかに問題国であってもオルバン(やポーランドのモラビエツキら)に首を縦に振ってもらわないとEUとして決定することができない。そのため,他国もEU機関も,EUとして決定するためにかなりの譲歩を迫られる。

 現代のヨーロッパでは,脱国境的な政党がEUの運営と決定に影響力を及ぼしている。そのような政党の中でもとくに有力な政党であるヨーロッパ人民党が,オルバンを長らく擁護したことも大きい。党勢の維持など,擁護する理由はあっただろう。ともあれ,そのような擁護があったがゆえに,EU機関も無下にはできなかった面がある。

コロナ・パンデミック,ウクライナ戦争とハンガリー

 とはいえ,さすがにヨーロッパ人民党とオルバンの蜜月も,2020年を迎える頃に終焉する。筆者の目には,ヨーロッパ人民党が決然とオルバンを見限ったというよりは,オルバンの方から離れていったように映る。オルバンは,ヨーロッパ人民党に擁護されなくとも,もはや自前でEUと対峙できると判断したのだろう。

 2020年の春には,ハンガリーにもコロナウィルスが来襲した。その来襲でさえ,オルバンにとっては自らの権力を盤石なものにする機会でしかなかった。彼は,コロナ来襲を国家の緊急事態と捉え,広い分野にわたる実質上の全権委任を受けられる法律を制定させた。期限の制約なしに,である。

 2022年2月以降には,北東部で国境を接するウクライナがロシアから侵攻されている。オルバン政権下のハンガリーは,ポーランドやバルト諸国と異なり,プーチンを敵視しない姿勢を保とうと努めている。EUの対ロシア制裁には大方従うものの,石油の禁輸といった措置からは自国の適用を免れることをEU首脳らに受け入れさせた。

 EUの議会的機関である欧州議会は,2023年6月に,ハンガリーを名指しする何度目かの決議を採択した。そこにおいては,来年(2024年)にオルバン政権がEU理事会の議長国を務める予定であることが懸念された。決議では,「ハンガリーが信用されながら任務を遂行できるのか疑問だ」と表明された。

 オルバン政権は,もはや他の多くの加盟国とEU機関からの信用を失っている。「27もある加盟国の中で,こういう国が出るのも仕方がない」という楽観的な声は以前からあった。しかし,コロナとウクライナ戦争に隠れて目立たないものの,オルバンの「成功例」を参考にしていると思われる指導者もEU内で増えつつある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3087.html)

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