世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ハンガリーと2024年欧州議会選挙:オルバン危うし?
(日本大学法学部 教授)
2024.06.17
6月9日までに実施された欧州議会選挙(定数720)は,大まかにいえばヨーロッパにおける右派の伸長を象徴するものだった。
極右でEU懐疑勢力と位置づけられる2つの会派は,いずれも議席を増やした。すなわち,「欧州保守改革」は69議席から73議席へと,また「アイデンティティーと民主主義」は49議席から58議席へとそれぞれ勢力を拡大することに成功した。EUで長年にわたり与党の立場にある中道右派の「欧州人民党」も,9議席増やし185議席を得た(注1)。一方で左派,リベラルおよび環境の諸会派は,軒並み退潮となった。
多くのメディアが指摘するように,こうした結果となった一因は,EUによる移民への対応や環境対策をめぐる不満にあるのであろう。今回の結果が,すぐさまトランプのようなファースト政治をEUにもたらすわけではない。とはいえ,今秋のアメリカ大統領選挙やウクライナ戦争の行方とあわせて,今後の動向を注視する必要があることは間違いない。
右派が伸長した今回の選挙であるが,加盟国のレベルでは興味深い動きも見られた。その1つがハンガリーである。同国は過去15年にわたり,オルバン・ビクトル首相が率いる「フィデス」の政権下にある。その同国において,オルバン施政を批判する新興政党の「ティサ党」が著しい躍進を見せた。
ティサとは,「尊重と自由」を意味する頭字語である。党首は,元フィデス党員のマジャル・ペーテルであり,現在43歳。バルガ・ユデュット元司法大臣の夫だった人物として知られる(現在は離婚している)。その彼が率いるティサ党が,ハンガリー有権者の30%近い支持を受けて,21議席中7議席を獲得した。2021年の結党であることを考えれば,その躍進ぶりは尋常ではない。
ティサ党のイデオロギーは右派と位置づけられる。この点だけを見ると,今回の選挙の趨勢とも合致している。しかし今回ティサ党に期待が集まったのは,右派だからというよりは,教育・医療・汚職などに上手に争点を絞ったからであろう。
とりわけ汚職という点で,フィデス政権は深刻な状況にある。各国の汚職を監視する団体「トランスペアレンシー・インターナショナル」によると,ハンガリーにおける公的部門の汚職は,フィデスが政権に返り咲いて以降目に見えて悪化した。この団体が2023年に出した報告によると,ハンガリーのスコアは100点満点中42点であった(注2)。EUに加盟する国の中には,過去ハンガリーよりも低スコアの国がいくつかあった。それが今や,27加盟国の中でもワーストな国なのである。
フィデスが政権に返り咲いて間もない2012年の時点では,ハンガリーには曲がりなりにも55点のスコアが付けられていた。その後の体たらくを見れば,人々が怒りたくなるのも無理はない。汚職だけではない。法の支配は大きく後退した。メディアの独立性も弱まり,表現の自由や学問の自由も侵害されている。人々の怒りやフィデス一強の停滞感を,温和で誠実な印象のあるマジャルがたちどころに汲み上げている。
ティサ党が欧州人民党に加入するのは時間の問題であろう。加入することでティサ党は,有形無形の便宜を欧州人民党から受けることができる。欧州人民党としても,欧州議会でさらに7議席を得るのは大きい。しかも欧州人民党には,過去にフィデスが加入していたという因縁もある。ティサ党の加入にもろ手を挙げて歓迎する欧州人民党関係者は多いはずだ。
心穏やかでないのはオルバンとフィデスである。議席が13から11に減ったことに加えて,欧州議会選挙で50%の票を得られなかったのは20年ぶりのことである。今回の選挙をもってフィデス長期政権が瓦解の一歩を踏み出したとまではいえないだろう。それでもオルバンにとってはある種の屈辱であったはずだ。
オルバンとフィデスは今後,プロパガンダやネガティブキャンペーンを容赦なく繰り出すものと予想される。マジャルはそれに耐えることができるだろうか。
[注]
- (1)欧州議会は長らく,欧州人民党と中道左派の欧州社会党の両党が軸となり運営されてきた。
- (2)Transparency International, Corruption Perceptions Index 2023.
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