世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3083
世界経済評論IMPACT No.3083

自主技術の重視はTSMCのDNA:ライバルに勝った理由,張忠謀が語る

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.08.28

 去る7月28日,TSMCグローバルR&Dセンターの落成式が開催された(前著世界経済評論Impact No. 3067参照)。R&Dセンターでは主に先端ロジック半導体技術や長期に亘る探究技術のR&Dが行われる。落成式には劉徳音会長,魏哲家総裁,創業者の張忠謀(モリス・チャン)などTSMCの代表者のほか,新型コロナの感染のため欠席した蔡英文総統の代理として陳建仁行政院長(首相に相当)のほか,王美花経済部長(経済相),呉正中国家科学委員会主任委員(閣僚)の政府関係者や楊文科新竹県長(県知事),高唯言清華大学学長などが出席した。本稿は,前著での魏総裁と劉会長の挨拶に続くもので,モリスの挨拶を中心に紹介する(【完整公開】台積電全球研發中心 啟用典禮)。

自主技術の重視

 冒頭,モリスはR&Dチームと量産化チームに対する謝意を述べた。その上で「TSMCは世界の半導体と世界経済に対し,多大な貢献をしてきた。これは皆さんの努力の賜物だ。しかし,同時に台湾は“兵家必争の地”になった。この点については皆さんが企図したことではないかも知れない」。「いくつかの基本概念を復習しよう。まず初めに,ハイテクビジネスは自主技術が必要ということである。台湾には多くのハイテク企業があるが,自主技術を持っていない企業もある。だがTSMCは最初から自主技術を確立し堅持してきた。当初ある海外の企業(筆者注:フィリップス)は,彼らの技術を使うことをTSMCに勧めた。彼らの技術を“持株”として使用し,彼らの知的所有権(特許)の保護の下で運用できると言われた。私たちは自らの技術を開発することが大事だと考えたので,最初はそれを頑なに拒否したが,その後,彼らの出資を受け入れ,特許も使用した(筆者注:TSMC創業時,フィリップスは27.5%の株を取得,うち,3%は権利金方式で,線幅1.5μmの技術に対する特許使用を認めた)。彼らの方式は,海外の企業の持つ自主技術に関する特許と自らの特許を相互に交換使用できるもので,巨額の特許料を支払うことなく,自らの権利を保護することができた。我々は創業から5~10年の間にこの方式を用いてきた(筆者注:その後,フィリップスは自社経営悪化のため,TSMCの全持株を売却)。

 技術の自主化から技術をリードするまでの緩やかな長い道程の物語は,私が書いた自伝の1章にある(筆者注:近日出版予定の『張忠謀自伝(下冊)』を指すと思われる)。TSMCは既に30年間も歩み続けており,線幅7nm半導体の開発成功以降,私たちは充分な自信をもってTSMCの技術で世界をリードするようになった。R&Dの構築はTSMCの大きな仕事である。売上高に占めるR&D費の比率「8%」は非常に重要な数値だ。この8%は既に20数年間も維持され,年間のR&D費用は約55億ドルである。マサチューセッツ工科大学(MIT)の年間予算は約20億ドルで,要するに,MITの年間予算の2.5倍以上の資金をTSMCはR&Dに投じている。

 製造部門担当の王英郎(筆者注:TSMC序列13位)副総経理とR&D部門担当の張宗生(同・序列15位)副総経理はまるで双子の兄弟(双胞胎)のようで,両者が緊密な協力関係を作り上げている。これはTSMCが勝ち続ける重要なキーポイントである。劉徳音会長はTSMCのR&D部門には自分の“ホーム(家)”がなったと述べた。確かに30数年来,研究開発に特化した施設はなかったが,遂にグローバルR&Dセンターという自分のホームを得ることができた。心から祝福したい。」

英国海軍の教訓

 「他方,皆さんに教訓として憶えておいて欲しいことがある。数十年前,私はテキサスインスツルメンツ(TI)に勤務していた。当時,新社屋の完成時,TIの会長は私たちに1冊の書籍を紹介した。そこには,植民地拡張で19世紀の世界に権勢を誇った英国海軍が,20世紀になって海軍基地として部隊のホーム(ビルディング)を持った途端,“没落”したことが紹介されていた。私はR&Dチームに感謝し,同時に新しいホームを持ったことを祝福したい。しかし,英国海軍が歩んだ道を絶対に歩かないように気をつけてください。」

ライバルに勝った理由

 モリスが挨拶で強調したのが「自主技術の重視はTSMCのDNA」である。なぜ,TSMCはライバルとの戦いに勝ち抜けたのか。TSMCは1987年に工業技術研究院(ITRI)からスピンオフしたが,それに先立って聯華電子(UMC)は1980年にスピンオフし独立した。ある意味で,UMCは“長男”で,TSMCは“次男”に相当する。創業後,この2社は売上高も大きな差がないライバルで,TSMCのモリスとUMCの曹興誠CEO(当時)との競争関係であった。

 しかし,TSMCは上述のように「自主技術重視」を徹底し,筆者が「なぜ,TSMCが世界最大のファウンドリーになったのか」(世界経済評論Impact No. 2713参照)で指摘したように,TSMCのR&D副総経理(当時)林本堅(現在,清華大学半導体研究学院院長)が開発した193nmの液浸リソグラフィ(Immersion Lithography)技術に,ASMLが注目したことを契機に,両社が共同でR&Dを行うようになって以降,TSMCは常に業界をリードし,世界の半導体業界は未来に大きな青図(完成予想図)を描けるようになった。

 また,林宏文は近著『晶片島上的光芒』の中で,UMCが0.13μmの開発でTSMCに負けた理由として,UMC内部の問題点として3点,すなわち,①UMC傘下の聯瑞の火災,②「五合一」の統合・認証問題,③曹興誠の退職を挙げた。「五合一」とは,UMC傘下の聯瑞,聯嘉,聯日などの子会社をUMCに統合・認証する際のトラブルを指す。具体的には,聯瑞CEOの許金榮はTSMCの出身で,聯嘉CEOの温清嘉は華邦電子の出身であり,両社の機器設備が異なり,統合と認証に遅れがでた。

 また,TSMCは「拙」であり,UMCは「巧」であると,林宏文は2社の社風の違いを表現した。TSMCはプロジェクトの目標に向かい,一生懸命に開発する社風である。他方,UMCの曹興誠は「開創(ビジネスを創造する)性格のオーナー」である。確かに,TSMCとの競争にUMCは負けたが,ファブレスのメディアテック(聯発科技),液晶パネルの聯友光電(現在の友達光電(AUO)),PCB(ポリ塩化ビフェニル)の欣興電子(Unimicron)など影響力のある企業を設立した。

 TSMCの業績はUMCを遥かに凌駕し,その後,DRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリ)の王者サムスン電子,CPU(中央演算処理装置)の王者インテルがファウンドリー業界に参入し,熾烈な競争を展開する。2014年,TSMCの線幅16nmの半導体に対し,サムスンは14nm(2015年),インテルは2016年に線幅10nmの半導体を開発すると公言した。これにより,TSMCでは2016年以前に10nm半導体を確立する必死のタイムスケジュールが組まれた。

 TSMCはインテルとサムスン電子の追撃を振り払うため,「夜鷹計画」を実施する。「猫頭鷹(フクロウ)」のように夜間に活動する小さな動物を捕獲する意味が含まれTSMCのR&D部隊は「夜鷹部隊」を組織し,24時間体制で半導体開発体制に取り組んだ。R&Dチームの400人体制の深夜開発担当者には基本月給30%アップ,ボーナス50%アップの優遇条件が提示された。その成果によって,ファウンドリーの王者として不動の地位を確立した。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3083.html)

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