世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AIに経済予測を
(杏林大学総合政策学部 教授)
2023.07.31
AIがいつ,どの分野で人間の知性を超えるのか,その倫理的意義も含めて議論が喧しい。かつてのラッダイト運動のように,「AI打ちこわし運動」が盛んになるのかは知らないが,もちろん,言うまでもなく重要なのはそれを使う人間の側のものの考え方である。
さて,そんなにAIがすごいなら,一つわれわれがもっとも苦手であるところの「経済予測」をぜひともやってもらおうではないか。なにしろ,私は経済予測を,そもそも経済学者の仕事だと思っていないので,その分野でAIに追い越されようがまったく気にならない。むしろ大歓迎である。
まだまだ不確実性の高い天気予報が,しだいにその精度を上げていくのと同様に,地震や自然災害の予測にも同じような精度の上昇を期待できるだろうか。そして,経済予測にもそのような希望をもてるかもしれないではないか。しかし,そう楽観する前に,やはり考えるべきことがある。
仮に天気予報がほぼ正確に行えるようになったとしよう。今日の午後,出先で急激な雨が降るという予報を聞いた私は,「それならば」と折りたたみの傘を持って出かけることにする。そして雨は予想通り降るだろう。地震の予測精度が高まって,ある特定の期日に人びとが,被害の予想される地域から一斉に避難したとしても,予想通り地震は起こるに違いない。つまり,ごく短期的な自然現象に関するかぎり,予測を聞いて人びとが行動を変えたとしても,それは当初の自然現象そのものには影響を及ぼさないのである。
しかし,1週間後に株価が上昇するという予測を聞いて,人びとが行動を変えればどうなるか。株価は一週間を待つことなく上がり始め,予想から得られるはずの利益は期待したものほどではなくなろう。来月から物価が上がるという予想をAIがしたとしても,それを聞いた人びとによる駆け込み需要が起これば,物価は来月を待つことなく上昇を始めるかもしれない。
つまり,経済現象は人間行動の結果として生じるという点において,短期的な自然現象とは根本的に異なるのだ。AIによる正確な(?)経済予測を聞いて人びとが行動を変えれば,当初の予測は必然的にはずれざるを得ないのである。予測を聞いた人びとの行動の変化も,合理的なものから不合理なものまでさまざまであることを考えると,AIの予測の外れ方もより複雑になるであろう。しかし,当初の予測が外れることに違いはあるまい。
しかし,経済学者のなかにはさらに食い下がる人びとがいるに違いない。なにしろ経済学者は,オークションのようなメカニズムが好きである。したがって,人びとの行動変化を考慮したAIによる経済予測は再び行われる。なに,技術が進歩すればそれにはそれほどの時間は要するまい。そして,それを聞いた人びとの行動はさらに変化することになる。ここでもAIによる経済予測は再びはずれるのだが,このプロセスを延々と繰り返すとしたらどうだろう?
もし,そのプロセスにおいて,何らかの安定条件ないし収斂条件が満たされるのであれば,ついにはその行き着く先において,AIによる経済予測と人びとの行動は整合的なものとなり,もはや人びとの行動は,AIによる経済予測を聞いても変化することはなく,かくしてAIによる経済予測は見事に的中することになる。なに,技術が進歩すれば,その過程といえどもそれほどの時間を要さなくなるかもしれないではないか。
うん,おめでとう! しかし話はそれでおしまいである。AIによる経済予測を聞いても人びとの行動が変化しないのなら,それは一体何のためにあるのだろうか? 予測とは,それが人びとの行動を変化させ,改善するのに役立つときに意味をもつのではないのか。つまり,人間行動に関わる社会現象における予測というものは,それが役に立つ予測であれば,予測は必然的にはずれ,それが見事に的中するのであれば,それは予測として役に立たないのである。
自然現象であれば,予測を通じて知りたいことは事実そのものであると考えられるのに対し,経済現象におけるエコノミック・アニマルたちが知りたがっているのは,事実そのものではなく,それを出し抜いて得られる利益なのである。ケインズは,そのことを「美人投票」になぞらえたことでよく知られている。そこで最終的に選ばれた女性が,いわゆる美人の基準とは何の関係もないことが重要である。ケインズがAIの可能性について知っていたら,この話をどう展開しただろうか。おそらく,各自がAIの端末を片手に,最終的に選ばれる女性たちを見事に当てる姿であろう。そして,もはやそれは美人投票として成立することなく,誰も賞金を手にすることはなくなると見抜いたのではないだろうか。
これを聞いて,どうせなるなら経済学者ではなく,気象予報士のほうがよい,と考えるかどうかはあなた次第だが。
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