世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3024
世界経済評論IMPACT No.3024

日本経済再興の兆しが見えてきた:個のリスクで海外に出て活躍するアスリート達に学べ

小林 元

(元文京学院大学 客員教授)

2023.07.10

 株価が大きく上っている。海外の投資家主導の相場である。30年間も日本市場に目もくれなかったあのしたたかな連中が6兆円という巨額な資金を投下してきている。日本経済再興の匂いをかぎとったからにちがいない。彼らは何をかぎとったのか。私の考えでは以下の点で日本の政府および経営者が今までぬるま湯(安定)に浸かっていたのが,これではいかん,とようやく気付き湯舟をはい出して冷たい風(世界経済の激流)に当たらねばならないと考え出したようだと見たのであろう。

  • 1.ここ数十年なかった3%前後の賃上げがこの春実現した。賃上げは今後継続的に行うと宣言する企業もいくつか出てきている。これは大きな変化である。
  • 2.今年度の設備投資額が31兆円,前年比16.9%増と予測されている。EV電池関連と人手不足に対処するAI関連投資が主体である。この深刻な人手不足に今手を打たないと大変なことになるとようやく重い腰を上げたのだと思う。
  • 3.日本政府が「新しい資本主義」の名のもとに硬直的な労働市場を本格的に変革しようとしている。三位一体の改革として①リスキリング②職務給への移行③成長分野への労働移動をかかげている。これらは海外投資家が以前から日本経済の根本的問題点として指摘してきた点である。

 日本の経営はこの30年間安定と平等を重視するあまり,リスクをとる経営にしり込みしてきた。その結果日本の現状はどのようになっているか以下の数字を見ればおのずとわかるであろう(カッコ内は主要欧米及び中国,韓国,台湾などの数値)。

  • 1.廃業率3.1%(8〜10%)-効率の悪い企業を温存させている。
  • 2.開業率4.4%(7〜9%)―リスクをとって新しい事業をやる人が少ない
  • 3.管理職にまで努力して昇進したい従業員の割合18%(30〜40%)―リスクをとってまで大きな仕事をやりたい人が主要国の約半分である。

 本来資本主義とはリスクをとって新技術を開発し,新しいビジネスを興すことにより富を生み出し,それを分配して社会を成長させてゆく体制である,かつてのソビエト連邦や中国が共産主義の理念に従い,極端な安定と平等に偏った政策をとったが,そうした体制下では人々は働かなくなり,所得も増えず生き詰まり,今日両国とも経済は「市場型」を取り入れている。日本は80年代の高度成長後の30年間,安定と平等に舵を切りすぎたのだと思う。それが上記のような沈滞した経済状況を生んだのだと考えている。

 日本をもう一度個人と組織がリスクをとつて,より高度なものに挑戦する社会に再生しなければならない。そして「成長と賃上げの好循環」をとりもどさねばならない。今日本に求められているのは「カイゼン」ではなく「破壊的革新」である。それは我が国の自動車メーカーとアメリカのテスラ社のEVに対する戦略を比較すれば明らかだ。我々年配者がかつての高度成長期のサクセスストーリーを言っても,それはその時のことと片ずけられてしまうだろう。それより今日本に起こっている「世界一を目指して怒涛の如く挑戦している若きアスリート達」に学べと声を大にして言いたい。これなら現役の諸君の胸に響くはずだ。

 日本のサッカー代表「サムライジャパン」はworld cupで世界の強豪ドイツを破り世界を驚かしたことはついこのあいだのことだ。注目すべきは,このチームの主力選手は,自分の力を世界最高レベルに磨くことを志して,個人のリスクで欧州の強豪チームに加入して力をつけきた人たちであることだ。彼らには何の身分保証もない。結果を出さなければ,出場させてくれないし,それが続けば戦力外通告される。言葉も通じないところで,初めて見る外国選手と組んですぐさま結果を出す。体力的には若干劣るのをものともせず,相手に真正面からぶちあたり,あるいは相手のスキをついてゴ―ルをする。日本の若いアスリートたちがそのすさまじい任務をやり遂げているのを見ると感極まるし,ここにこれからの日本人リーダーのあるべき姿を見る思いがする。最近政府首脳の息子の行状がマスコミでとりあげられているが「若(殿)」とか「姫」とか甘やかされる環境から解き放して,アメリカに単身で2〜3年放り出してMBAをとってこさせるくらいのことをしないと,この激動する世界のリーダーたちと上記アスリート達のように互角に戦える後継者は生まれませんよと申しあげたい。

 日本は30年間の停滞からようやく脱出するまたとない好機が目の前に来ている。

 もうしり込みするのはやめよう。所詮ビジネスは,スポーツと同じように「格闘技」なのだ。「ごますり」や「忖度」などにうつつを抜かしていたら,世界からとり残さされるのは目にみえている。会社の体制を一から見直そう。個性が強いと避けてきた者の発想に耳を傾けよう。上下の分け隔てなく,考えていることを腹蔵なく言い合って議論しよう。そして優れたアイデアはすぐさまとりいれ実行しよう。これからは,物事を決めるのは自分の考えを持ち,周囲を説得でき自ら先頭に立って人びとを引っ張っていける人達だ。日本の新しいリーダー像はここにある。それを若きアスリート達がすでに示してくれているではないか。

 これは又私が14年間滞在して見てきたヨーロッパのリーダー達の姿そのものでもある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3024.html)

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