世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3015
世界経済評論IMPACT No.3015

出生率引き上げのヒントは何か

小黒一正

(法政大学 教授)

2023.07.03

 岸田政権の目玉の一つである「異次元の少子化対策」を進めるため,政府は2023年6月,「こども未来戦略方針」を公表した。岸田政権が対策に力を注ぐ理由は何か。それは,少子化が急速に進んでいるためだ。2022年の合計特殊出生率(以下「出生率」)は1.2565になり,過去最低を更新した(注:これまでの過去最低値は2005年の出生率(1.2601)だったが,小数点でわずかに下回った)。1970年代前半に200万人程度であった出生数が,2022年には80万人を割り,77万人にまで減少した。

 このような状況のなかで策定が進むのが,今回の「異次元の少子化対策」だが,合計特殊出生率が低下してきた要因については様々な議論があり,どこにターゲットを絞れば出生率が上昇するのか,専門家でも断言が難しいのが現状だろう。

 予算規模の問題とも断言できず,少子化対策として,子育て支援の予算を倍増しても出生率が上昇するとは限らない。これは,フィンランドの現状を調べてみると分かる。フィンランドは北欧諸国の一部で,日本では,子育て支援が充実したモデル国として取り上げることが多い。実際,フィンランドの2020年における家族関係社会支出(家族及び子育て支援)は対GDP比で約4%もあり,日本の家族関係社会支出(対GDP,約2%)の2倍もある。

 だが,2020年のフィンランドの出生率は1.37しかない。1989年から2014年まで1.7を超える出生率で,2010年には1.87という高い値であったが,2010年以降は急低下して現在の出生率は1.4を下回っている。日本の2021年の出生率は1.3であり,フィンランドの出生率は日本と概ね似た状況に陥っている。雇用不安が原因の一つではないかとも言われているが,出生率が急低下した本当の原因は現在のところ分かっていない。

 では,出生率を引き上げる何かヒントは無いのか。日本では婚外子は約2%しかおらず,出産する女性は結婚している女性が多い。このため,大雑把な議論では,出生率は,「婚姻率(=1-生涯未婚率)」と「完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)」の掛け算に概ね一致する。これを筆者は出生率の基本方程式と呼ぶが,この式から,完結出生児数は1970年代から現在まで概ね2で(2021年は1.9),いまの生涯未婚率が約32%なので,出生率は約1.3(=(1-0.32)×1.9)となる。

 興味深いのは,1940年も婚外子割合は約4%しかない。だが,出生動向基本調査のデータによると,当時の出生率は4であり,完結出生児数は4.27もあった。基本方程式から逆算すると,1940年の生涯未婚率は約6%となる。このため,出生率の低下の主な原因は生涯未婚率という意見が出てくる可能性があるが,それは違う。なぜなら,基本方程式から,1940年から2020年までの出生率低下の要因分解を行うと,生涯未婚率の上昇要因(婚姻率の低下要因)は約33%,完結出生児数の減少要因は約67%で,後者の方が圧倒的に大きいためだ。

 財政的な資源にも制約がある。少子化対策のコアの目的を出生率の引き上げに位置付けるならば,生涯未婚率の引き下げよりも,出産育児一時金を子ども3人目以降の出産で大幅拡充するなどを行い,まずは夫婦の最終的な平均出生子ども数の底上げ,すなわち,いま概ね2の完結出生児数を3や4に上昇させる戦略に特化した方が効果的ではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3015.html)

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