世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
物価指標として何を見るべきか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.06.26
6月13,14日の米FOMCでは利上げが見送られた一方,FOMC参加者の今年末の政策金利見通しが引き上げられ、今後に利上げ余地を残した,15,16日の日本銀行金融政策決定会合では大規模緩和は維持されたが,植田日銀総裁からは記者会見で今後の政策修正に含みを持たせる発言があった。日米とも金融政策の行方は,物価・景気動向次第だが,それについて,物価の指標としては,何を見るべきだろうか。
米国の消費者物価指数の加重平均値の前年同月比上昇率は,近年のピークだった昨年6月の+9.1%から,直近の今年5月には+4.0%まで下がった。一方,加重中央値の前年同月比上昇率は,昨年6月には+6.1%であったが,今年2月には+7.2%まで高まり,5月も+6.7%とあまり下がっていない。加重中央値上昇率は加重平均値上昇率と比べて,一部品目の価格急変動の影響が出にくい。物価の基調を判断する上では加重中央値を重視すべきだろう。加重中央値上昇率の高止まりは,全体的な物価上昇圧力が強いことを示唆している。
金融市場などでは,価格が変動しやすい食品,エネルギーを除く加重平均値,いわゆるコア物価を重視する傾向がある。しかし,実際には食品やエネルギー以外の品目の価格が急変動することもある。また,どの品目であれ,価格が変動するとき,それが一時的なものなのか永続的なものなのか,前もってはわからない。そうした点では食品,エネルギーを除いて加重平均値を算出するという操作は恣意的であり,物価の基調を判断する上で,コア物価はあまり有効な指標ではないと考えられる。
日本では,今年4月時点で消費者物価指数の加重平均値の前年同月比上昇率は+3.5%であり,加重中央値の前年同月比上昇率は+1.2%だった。物価の基調的な上昇力は,日本銀行が目標にする2%にはまだ届いていないと言える。ただ,消費者物価指数の消費税率変更の影響を除く加重中央値の前年同月比上昇率は,データが公表されている2001年1月から昨年9月まで,−0.5%から+0.5%の範囲に収まっていた。それが足元で+1%を超えてきたことは,顕著な変化であることは間違いない。
物価の基調を判断する上では加重中央値を重視すべきだとしても,加重平均値が無意味だということではない。物価変動の消費者への影響を見る上では,全品目の価格を考慮すべきであり,全体の加重平均値が重要である。ただ,この点においても,必需品であり支出額も多いエネルギーや食品を除くコア物価は,有効とは言えない。
今年の春闘の賃上げ率は高かったが,中小企業などでは賃金があまり上がっていない所も多い。年金を主たる収入源とする高齢者も,賃上げの恩恵をあまり被らない。全体的に見ると日本の家計の所得の伸びは依然低く,消費者物価指数の加重平均値上昇率の高まりは,家計にとって大きな負担になっている。
エネルギー,原材料,食料などを輸入に頼り,輸入物価の変動が大きい日本では,生産者の付加価値を見る上ではGDPデフレーターの動きが重要だ。2021年からの輸入デフレーターの急騰に対し,国内需要デフレータは上昇したものの,輸入コストの上昇を国内価格に転嫁しきれず,付加価値の価格を示すGDPデフレータは,昨年7−9月期までやや下落基調だった。消費者物価指数や国内需要デフレーターで見るとインフレ率は加速しても,GDPデフレーターはデフレの状態で,日本経済全体の付加価値の伸びは低かった。しかし,10−12月期以降,価格転嫁が進んだ一方,輸入デフレーターは下がり,GDPデフレーターは上昇した。昨年7−9月期にはGDPデフレーターは前期比−0.5%,前年同期比−0.4%だったが,10−12月期には,それぞれ+1.1%,+1.2%,今年1−3月期には+1.3%,+2.0%になった。付加価値の観点でも日本経済はデフレを脱却し,金融緩和解除の条件が揃ってきたと言える。
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