世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3003
世界経済評論IMPACT No.3003

淘汰が始まった中国EV市場

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.06.26

 6月8日,四川省の重慶市で開催された自動車セミナーの席上,長安汽車の朱華荣董事長は,①中国のEV市場にはすでに100社近いメーカーが参入しているが,本当に儲かっているのは数社に過ぎない,②車載用電池の生産能力も,2025年には100億GWHまで増大するが中国の生産能力はすでに480億GWHに達している,③EVの市場浸透率は2018年はわずか4.3%だったが,22年には26%,今年1−4月は30%に達した,2030年には70%に達するだろう,と述べた。確かに市場は急速に拡大しているが,生産能力の拡大はそれを遥かに上回っており,利益なき繁忙とその先にある淘汰の波を予測したものといえる。「業界有望,企業絶望」といったところか。

 実際,EVや車載用電池の開発製造事業には有象無象の企業が相次いで新規参入している。典型的なのが2019年まで中国最大の不動産開発企業だった恒大集団だろう。同社の許家印総裁は,株価テコ入れの目的もあって,EV開発製造事業への参入を決め,2019年6月,35億ドルもの資本金を投じて恒大汽車集団を設立した。内外のEV業界から8千人に上る人材をかき集め,年産100万台の生産を目標とし,広州,上海,天津,沈陽に製造拠点を構えた。恒大集団は氷河期に突入しつつある不動産事業から伸び盛りのEVに華麗な転身を遂げるのではないかとの観測も流れた。2022年9月に一号車の納車が開始されるとの発表がなされたが,今年4月天津工場が累計900台を生産した後,資金不足を理由に操業を停止した。5月には手持ち資産の売却も発表されている。本体が2兆元を超える負債を抱え,その返済もままならないなかで打った起死回生の大博打は見事に失敗してしまった。

 恒大集団ばかりではない。普及型スマホメーカーの小米,検索エンジン大手の百度,アップルのODMサプライヤー富士康,果ては白酒メーカー大手の五糧液までもがEVやその関連事業の参入を表明している。企査査によれば,EV関連事業を経営範囲に含めた企業の新規登記件数は2021年で18万社に上ったという。累計では60万社に上る(販売なども含めれば300万社との説もあるが,その多くは会社の経営範囲を定める際,「新能源車」を加えると体裁が良いといったごく単純な理由で,やるやらないは別としてとりあえず記載するというケースが少なくない)。

 実態・実績のあるEVメーカーは電池も含めれば200社程度といわれる。競争は厳しい。蔚来,理想,小鵬といった新興御三家といえども一本調子で生産・販売を伸ばしているわけではない。経営状態は決して楽ではないようだ。蔚来の今年第1四半期の決算を見ると,販売台数は前年同期比20.5%増の3.1万台だったが,販売額は7.7%増の107億元だった。粗利率はわずか5.5%,営業利益は51億元の赤字だった。第1四半期だけでもR&D支出は30億元に上った。こうした研究開発費の負担に加え,業界全体を巻き込んだ「価格戦争」が激化しているという事情もある。

 業界の浮き沈みも激しい。五菱宏光が2020年7月に上市したミニEVは価格が5万元を切ったこと,二人乗りながらも街乗りに最適というおしゃれ感もあって大ヒット商品となった。販売開始以来,毎月4~5万台をコンスタントに売り上げた。2022年の販売台数は55.4万台となり世界の軽EV市場でナンバーワンの座を獲得した。五菱宏光の販売台数の三分の一をミニEVが占めるという看板商品となった。しかし,昨年第4四半期から販売が減少に転じた。1−4月の販売台数は87,928台と前年同期比26.5%の減少となった。第1四半期の純電動車の販売台数は前年同期比13.2%増の108万台だったが,その中でミニEVの販売は13.1万台で55.1%も減少した。ミニEVの需要が急減した理由として3点上げられる。まず,EVの新車が次から次へと投入される中で,ミニEVの新味が薄れ,消費者に飽きられてきた。とくに主力市場だった三・四線都市にはセダンタイプのEVが普及し始めた。次に,五菱宏光の大成功に惹かれる格好で,他社の参入も相次いだ。吉利汽車は「熊猫」を,長安汽車は「Lumin」を発売するなど,大手,新興メーカーが入り乱れてミニEVに乗り出した。これにより目新しさが無くなってしまった。最後に価格競争があらゆる車種において広がった結果,ミニEVの価格面での魅力も相対的に薄れてしまった。

 2014年から16年にかけて雨後の竹の子のように参入したEVメーカーは投資ファンドなどから100億元単位の資金を導入したものの,量産に至らず,続々と破綻に追い込まれている。拜騰,游侠,賽麟,博郡,緑馳といった新興メーカーは10年経たずして倒産した。この5年間で破綻したEVメーカーは400社にものぼるといわれる。今年に入って,威馬,宝能,愛馳といった比較的有名なブランドがリストラを実施しているが,実質破綻状態にあるのではないだろうか。部品を集めて組み立て,デザインやソフトウエアは外注という安直なメーカーが生き残るのは不可能だ。まともな新興EVメーカーの研究開発投資は売り上げの10%を超える。

 アフターサービスの充実も重要な課題だ。とくに新興EVメーカーの場合販売店が少ない上,EVの保守メンテ,修理能力を備えていない販売店も少なくない。この結果,「売りっぱなし」の状態が起こっている。とくに,EVの場合,ソフトウエアに不具合が生じた場合,販売店はお手上げとなる。メーカーがソフトウエアを外注している場合,メーカー自体対応できないケースもあるという。EVにとって「三電(モーター,バッテリー,制御システム)」は,それぞれメーカーが独自に開発したものなので,一般の修理店では殆ど対応できていないのが実情である。スペアパーツとソフトウエアを含む技術サポートができる企業はごく限られている。日系メーカーの4S店指定に関わる審査は厳しいと言われるし,そのための指導も行っている。中国のEV市場において日本勢の劣勢が目立つが,今後巻き返しを図るとすれば,アフターサービスがひとつのカギとなるかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3003.html)

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