世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「脱炭素」「脱中国」「脱財政赤字」は欧州にとってトリレンマか
((株)東レ経営研究所産業経済調査部長 チーフエコノミスト)
2023.06.12
2050年の「脱炭素」には中国が不可欠
2010年代の欧州の経済成長は,比較的高い成長を続けていた中国と経済的な関係を強めたことによる影響があろう。この10年間において欧中間でFTA(自由貿易協定)が締結されていないにもかかわらず両地域の貿易は増加した。EurostatによるとEU27から中国への輸出は2022年で2,303億ユーロと10年前の1.7倍に増加し,中国からEU27への輸入は同6,264億ユーロと10年前の2.6倍に増加した。特に欧州での太陽光パネルや蓄電池やレアメタルなど重要鉱物のような脱炭素関連の対中輸入の伸びが顕著である。脱炭素化に取り組むためには,欧州だけでなく世界各国が脱炭素関連の産業集積を持つ中国から輸入を増やさざるをえない状況だ。2023年4月に欧州理事会は,「Fit For 55」政策パッケージを正式採択し,脱炭素化を加速させるために2030年までに温室効果ガスを1990年比で少なくとも55%削減するという目標を決定した。欧州がこのまま2050年の「脱炭素」に向けて取り組みを進めていくと,中国からの関連製品・部品・材料がますます必要となるだろう。オランダのシュライネマッハ外国貿易・開発協力相は,Financial Timesのインタビューで,欧州のグリーンへの移行は中国抜きでは不可能と述べている(Financial Times 2023/5/29)。
サプライチェーン強靭化等で「脱中国」の動き
一方,米中対立,コロナ禍,そしてロシアのウクライナ侵攻を契機として,世界各国でサプライチェーンの強靭化を図る動きが見られており,欧州も例外ではない。欧州当局は中国に依存しないサプライチェーンを構築するため,脱炭素関連の製造拠点を域内に誘致している。例えば,蓄電池に関しては欧州域内での生産計画が相次いでおり,2030年までに最大1,750GWhの生産能力を持つとしている(最終投資未決定分含む)。これは,2020年時点の欧州の生産能力(66GWh)の約30倍に相当する。
さらに,世界各地での人権侵害に基づく事業活動に対して経済制裁を加えるだけでなく,取引企業に人権デューディリジェンス(DD)を求める動きがある。人権DDは,企業がサプライチェーン上の強制労働など人権リスクを特定し,防止・軽減・情報開示等の取り組みを行うことを指す。欧州でも,EUにおいて「企業持続可能性デューディリジェンス指令案」が発表され,英仏独などでも人権DDを法制化している。欧州では人権DDの義務化に関する動きが強まっており,こうした動きも欧州で事業活動を行う企業の「脱中国」を促進する要因となるだろう。ただし,企業の「脱中国」は自律的な動きに任せる限り,かなりの時間がかかると予想される。
「脱財政赤字」にもこだわる欧州 いずれトリレンマに陥るか
「脱中国」を図りながら,2050年の「脱炭素」を目指す場合,欧州当局は大規模な財政出動をせざるをえないだろう。しかし,現時点では欧州当局の中にその覚悟が見えないように思われる。むしろEU加盟各国がコロナ対策によって膨らんだ財政赤字を管理・縮小することに重点を置く「脱財政赤字」の動きが見られ,「脱炭素」や「脱中国」のための財政出動の積み増しを図る雰囲気ではないように見える。4月,欧州委員会は財政規律枠組みの改革法案を発表したが,財政赤字をGDP比で3%以内に抑えることや債務残高がGDP比で60%を超えないなどの基本ルールは維持されており,例えばグリーンやデジタルなどの公共投資は例外とするなどの改正は含まれていない。
果たして欧州は「脱中国」「脱炭素」「脱財政赤字」を実現するためのナローパスを渡り切れるのだろうか。このままいくと欧州はトリレンマに陥り,少なくとも「脱炭素」「脱中国」「脱財政赤字」のいずれかをあきらめざるを得ない可能性がある。今後の欧州の関連政策の方向性を注視したい。
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