世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国経済~ゼロコロナからの回復テンポ鈍る
(多摩大学 客員教授)
2023.06.05
「前低后高」というのが今年の中国経済の見通しである。第1四半期のGDP成長率は4.5%,このレベルが前半まで続き,7月以降5%を超える成長が実現するというシナリオだが,5月に発表された各種統計を見ると,4月に入って以降,早くも息切れ傾向が顕著になっている。この理由と今後の見通しについて考えてみたい。
最も懸念される指標は,PMIと雇用である。第1四半期のPMIは臨界点である50を超え,改善傾向にあったものの,製造業のPMIは,4~5月にかけ,3月の51.9から49.2,48.8と続落した。非製造業のPMIは50を超えているものの,3月の58.2から5月には54.5に下落した。次に,失業率は全体的には1月の5.6%から4月には5.2%まで低下している一方,16~24歳の若年失業率が4月に20.4%に跳ね上がった。この年代の失業率は,新卒者の就職シーズンが始まる3月頃から上昇しはじめ,7月にはピークを迎え,就職が決まってゆくにつれ低下してゆくというパターンを描くが,4月に20%を超えるのは過去5年間に限ってみても初めてのことだ。企業取り巻く競争環境が厳しくなるなか,採用側が即戦力となる人材を求めることに加え,新卒者数が毎年100万人規模で拡大しているのが背景にある。5月,各地で開催が予定されていた若者向けのイベントが立て続けに中止に追い込まれたのも,就職難に不満を抱く若者の暴発が懸念されたからかもしれない。
国務院常務委員会の月例会合で話題となっているのは,「経済に元気がない」ことらしい。喫緊の課題は若年層の就業問題だが,受け皿となる企業の「元気」も今一つ冴えない。企業の先行き不安が高まれば,雇用にも影響が出るし,そうなると経済回復を主導することが期待されている消費にもブレーキがかかる。この負のスパイラルが起こっているように見える。
この最大の原因は「金詰まり」ではないかと思う。人民銀行は,窓口指導により貸し出し金利の低め誘導を行う一方,中小零細企業向けの貸し出し基準を緩和する「普恵金融」策を実施するなどして金融面での事業活動支援を拡充している。しかし,金融機関による新規貸し出し実行額は1月に約5兆元に達したものの,4月に入ると1兆元を割り込むレベルまで落ち込んでしまった。与信規模の拡大テンポが急速に落ち込んでいる理由は企業業績の悪化によるものだろう。政策当局が笛を吹いてもバンカブルでない企業に融資はできない。金融機関はその業態ごとに不良債権比率が決められているという事情もある。融資が受けられない零細企業が頼るのがマイクロファイナンス業者だが,ゼロコロナ政策の下で,貸し倒れが頻発したため,廃業に追い込まれる業者が続出した。業者数は2020年3月の7,458社から今年4月には5,801社まで減ってしまった。
金詰まりの現象は様々な分野で発生しているようだ。不動産業界の縮減により地方政府の土地使用権売却収入は20%以上も落ち込み,とりわけ財政基盤の脆弱な三・四線都市の財政は火の車の状態にある。取引業者への支払いも,国有企業が優先され,民営の中小企業に対する支払いは後回しにされる傾向がみられるという。不動産業界は整理・淘汰の渦中にあるが,既存債務の借り換えや返済繰り延べがやっとであり,新規の資金調達に困難をきたしている企業も多い。今年に入って新規の外債発行は完全に止まっているし,国内の社債発行も国有不動産開発企業が主体となっている。民営の開発業者の中には建設業者への支払いを現物で行わざるを得ない状態に追い込まれているものも少なくない。また,輸出産業,とくに家電,アパレルの状況も厳しい。一つには外需の減退,とりわけ欧米向け輸出の伸び悩みであり,次に,アジア諸国との競争激化に伴うコストダウンは家電部品業界の収益を圧迫している。そして米中関係悪化に伴う外資系企業の中国外への工場移転とそれに関わる追加費用の発生である。家電・アパレル業界では賃金の未払いや解雇も相次いでおり,その結果,確認できるだけで労働争議は今年にはいって200件近くと,前年の倍の件数に増加している。
中小零細企業は,中国の企業数の90%,雇用の80%を占めると言われる。金融緩和政策と「普恵金融」の恩恵を受けたのは半数程度との見方もある。金融機関にとってはこれが限度かもしれない。しかも,小規模・零細企業の平均寿命は3年とも言われる。経済規模が拡大局面にあった時期であれば企業の死亡率が高くてもそれを上回る出生率で成長を支えることができたが,そのサイクルが逆転しつつある。昨年,破産手続きを余儀なくされた企業数は300万社を超えた。登記抹消手続きで済む個人経営企業の廃業数はこれを大きく上回った。また,民営企業の経営者の代替わりも進んでおり,80年代以降に生まれた人々が経営を担うようになっている。文革を知らない世代であり,高度成長の恩恵を受けた世代でもある。中国は厳しい競争社会であるが,世代交代に伴い,中国人起業家のハングリー精神も変わりつつあるのかもしれない。
中国の経済回復は「K」字型であると言える。政府系ファンドの支援を受けた先端産業のPMIは50以上を維持している。EVやバッテリー,風力・太陽光発電機器の生産,輸出も好調であり,これが経済成長をけん引していることは間違いない。しかし,圧倒的多数を占める在来産業の担い手である中小零細企業はこれと対称的に沈下傾向にある。中小零細企業の「小・散・乱(小規模,産業クラスターが形成されず,法を順守しない)」現象はこの10年で相当改善されているが,その健全な発展を担保するためにもバランスの取れた企業育成支援策がますます必要になっている。
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