世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国のインフレと金利の引き上げによる不況:もう一つの国際金融のトリレンマ
(九州産業大学 名誉教授)
2023.05.29
米国のインフレ
2021年の初め頃,米国のインフレは悪化する気配を見せていなかった。しかし,同年5月~9月の消費者物価指数(CPI)は5%,5.4%,5.4%,5.3%,5.4%と5%台が続き,10月~12月には6.2%,6.8%,7%と漸次悪化していった。一方,インフレが持続的に上昇していることに当時の米連邦準備制度理事会(FRB)は特段の対策を講じてこなかった。2008年度のノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマン教授も,「インフレは短期的現象であり,心配することはない」と発言し,ジャネット・イエレン財務長官やジェローム・パウエルFRB議長もクルーグマン教授の見方を支持した。
しかし,2022年に入ってもインフレは収まらず,1月のCPIは7.5%,2月には7.9%に達した。それでもFRBは如何なる策も講じなかった。同年2月24日には,ロシアのウクライナに対する軍事侵攻が始まり,石油,天然ガス,肥料,農産物の価格が大幅に上昇した。ここに至ってようやく「インフレは一時的な現象でなく,持続的な現象」と認識され,3月16日にFRBは連邦公開市場委員会(FOMC)において政策金利を0.25%引き上げた。その後,CPIは6月には近年最悪の9.1%に達したが,以降,7月~12月にかけ,8.5%,8.3%,8.2%,7.7%,7.1%,6.5%とようやく収斂するようになった。
インフレへの最大の対抗策は金利の引き上げである。金利引き上げにより,消費と投資が減少し,総需要の低下によって物価の引き下げが促されるためである。FRBは2022年中のFOMCで7回連続して政策金利を引き上げ,2023年も2回の引き上げを実施。金利の誘導目標を5.0~5.25%に設定した。この1年間,FRBの基本的な金融政策は“金利引き上げによるインフレの抑制”であった。
2022年のG20財務大臣・中央銀行総裁会議でパウエル議長は,「米国はインフレ対策として持続的に金利を引き上げる」,「インフレに対抗し,我らは“代価”を払う(fighting inflation will cause some pain)」と宣言した。この“代価”とは,「景気後退による犠牲」を指す。2023年1月~3月の米国のCPIは6.4%,6%,5%と低下した。FRBはCPIを2%以下に抑える目標を立てているが,実際に2%以下に抑えることは困難としても,1~2年後には政策金利を引き下げることも予測できる。今回の金利引き上げは,シリコンバレー銀行(SVB),ファースト・リパブリック・バンク(FRC)の経営破綻を引き起こした。経営責任者のインフレと金利の引き上げに対する判断ミスによるものと言われるが,ヘッジファンドのシタデル創業者でCEOのケネス・グリフィン(Ken Griffin)は「FRBのインフレ対策の能力には限界があり,まるで切れの鈍いナイフで外科手術をしているようである」とFRBを厳しく評価している。
“国際金融のトリレンマ”と日本への影響
米国は依然として世界経済における主要なプレイヤーであり,米金利の引き上げは世界経済に大きな影響を及ぼすことになる。日本への影響では,金利引き上げによる円安・ドル高による輸入品の高騰,米国景気の下向き(不況)の需要減による輸出の減少,更にこれらに加えて,前述のウクライナ侵攻による石油,天然ガス,肥料,農産物の価格高騰が生じた。
米国の金利引き上げは,不動産市場にも不況をもたらす。住宅ローンの負担が上昇するからだ。さらにこの影響は,米国にとどまらず,政策金利を引き上げた多くの国の不動産不況を惹き起こす。逆に,政策金利をゼロ金利のまま据え置く場合,輸入品の価格高騰が国民生活に大きく影響を及ぼすことになる。
「国際金融のトリレンマ」とは,“資本自由化”,“固定相場制”,“独立した金融政策”の3つの政策は同時に実現することができず,同時に2つしか実現できないとするもの 。この理論的背景は,ロバート・マンデルによって提示された説を拡張させたものであり,不可能の三角形とも呼ばれる「マンデルフレミングモデル」である。この“固定相場制”を“国別の金利差益”と入れ替えて,米国の高金利と日本(その他の国)のゼロ金利や低金利を考えると,“資本自由化”に沿って,人々(日本を含む他国の資金)は高金利を求めて米国に流れ,ドル高・円安が加速されることとなる。
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