世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2960
世界経済評論IMPACT No.2960

利益の低い途上国の水道PPPビジネス

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2023.05.22

 水道PPP(官民連携)事業の利益水準は低過ぎて企業が投資できる水準には程遠い,まして況やアジア途上国での水道PPP事業への投資で「まともな利益は得られない」との声を聞いた。日本企業は機関投資家と物言う株主からの圧力により選択と集中の経営を進めてきた。2023年4月末のスタンダード市場上場企業平均の連結財務諸表のPER(株価収益率)13倍,PBR(株価純資産倍率)0.8倍だ。2012年12月末の東証一部平均PER18倍,PBR0.8倍と同様だ。その間,日本の実質GDPは2012年518兆円,2022年546兆円で増えていない。賃金水準はG7諸国でイタリアと最下位争いをしている。選択と集中の経営は,儲けを自社株買いに回してリスクを避け成長の機会を捉えない一方で,コスト削減に励む経営者を生んできた面もある。コスト増になる賃上げ,ESG(環境・社会・企業統治)重視はできれば避けたい,利益に直結しない研究開発はしない経営だ。株価を上げろという物言う株主より,利害関係者の便益を考えた経営をせよと言う機関投資家が増えて来た。資金運用を託す側は,現金配当と同等に子孫を含めた自然環境悪化による健康被害といったマイナス配当の防止も期待している。LGBTを少しでも差別すると,彼・彼女等クィアの権利主張者から抗議され社会的評判を落とせば,売上減で配当が下る。米国では,LGBTでない保守主義者達が逆差別だと反発し,社会の分断化を招いている。

 経済同友会の新浪代表幹事は,就任に当たりNPOなど外部の団体と連携し「共助を中心とした新しい資本主義モデル」の実現を目指すと言った。社内ESG委員会のある会社は増え,コーポレートガバナンス報告書も充実してきた。社会は企業セクター,国家セクター,市民社会セクター,個人セクターから成り,それぞれ市場機能による利益,法律による支配,ボランタリズムによる共生,各個人の自由な選択による生活,を目的として活動している。社会は経済,政治,文化・教育,法律の4構造から成り,それぞれ適応,理念の実現,伝統の維持と変容,社会統合の機能を持つ。NPO,大学,労組,宗教団体,市以下の地方公共団体は市民社会セクターに属する。政令指定都市・都道府県・政府・国会・裁判所は国家セクターに属する。水道事業を行う地方公営企業は市民社会セクターか国家セクターに属している。

 筆者は新しい資本家主義は,企業セクターでは,市場メカニズムを使い,利益と共にESGを最重要視する企業経営をして,企業価値の最大化を図ることだと考える。選択と集中の経営は,自社株買いや配当増による株価上昇という短期志向の経営による企業価値の上昇に走らせた。研究開発費やAI・EVを含む有望産業分野での特許数で日本は米中に大きく後れを取ってしまった。中長期志向の経営による企業価値の上昇は,研究開発,事業投資,従業員への投資,ESGへの取り組みだ。

 共助の新しい資本主義では,他企業,他の社会セクターのプレーヤーとの共助が中心となる。企業価値は現在と将来の株価を見越して決まる。パワハラ・セクハラ・過度な忖度・同調志向や,女性の管理職・経営者への登用度の低さそして給与水準の低さが,企業価値を下げる要因となる。

 中長期志向の研究開発は技術革新を生まないことも多い。中長期志向のPPP投資は短期志向での利益水準に届かない。地方公営企業の独占だった上下水道事業では,独立採算が維持できれば利益を出さなくてよい。新規投資では国の補助金が上水道では4分の1,下水道では2分の1付く。独立採算維持の為だ。PFI投資で配当(インカムゲイン)を得る発想は地方公営企業には無かった。

 彼等への財・サービスの納入で,売買益(キャピタルゲイン)を得て来た日本の民間企業にとって,水道PPP事業に投資して配当と,将来の株式上場益(キャピタルゲイン)を得る可能性での,利益水準は低過ぎるように見える。上場益が得られる確率は,研究開発が成功し技術革新で利益が出るのと同様,低い。技術革新による利益は自社利用でコスト削減か利幅の増加を生み,他者へのライセンスでロイヤルティ(インカムゲイン),譲渡で譲渡益(キャピタルゲイン)を得る。

 筆者は,当該水道PPP事業自体での利益水準は低くても,技術革新の自社利用と同様,自社のコスト削減と利幅増加による売買益(キャピタルゲイン)が得られると考える。投資利益水準に拘るのなら,ESG投資が長期的に超過収益を生むと考える投資家を加えて投資額を減らせばよい。日本の民間企業は,投資先であるアジア途上国の水道PPP事業特別目的会社(SPC)に,機器・部品・サービスを売り込める。本社採用して日本で鍛えたアジア途上国の人材を経営人材として送り込み,コスト削減と現地政府との密接なコンタクトで本社の他の事業機会の開拓ができる。現地政府は水道事業に対し当初の箱物投資にしか予算を付けず,補修・改善に予算を付けない。現地に進出済みの日系製造会社と協力して現地で部品製造事業を興せば,日本からの輸入よりコスト削減ができ,かつ他市水道公社への売込みと,近隣国・日本への輸出で利幅は大きくできる。日本の低漏水率のノウハウとICTを使った計測機器を合わせて,現地人を雇用した水道メインテナンス・サービス事業を興せば,SPCからのロイヤルティ収入と他市への売込みが可能だ。「投資できる水準」ではなくて「投資関係で得られる利益水準」つまり「儲かる水準」になればよい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2960.html)

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