世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2938
世界経済評論IMPACT No.2938

米国シリコンバレー銀行破綻が突きつけた課題

白井さゆり

(慶應義塾大学 教授)

2023.05.01

 今年3月の米国シリコンバレー銀行の破綻をきっかけとする銀行不安はクレディスイスグループにも波及して破綻につながり,無価値になった永久劣後債(AT1債)を巡り欧州投資家の間で不安が広がった。現在は欧米ともに落ち着きを取り戻しつつある。これらの銀行の破綻については,経営者のリスク管理の甘さ,ソシアルメディアにより取り付け騒ぎのスピードに拍車がかかったこと,自己資本の不足といった点は共通しているものの,問題の原因は異なっている。

欧州のクレディスイスと米国のシリコンバレー銀行の破綻

 クレディスイスは以前から米国系ファミリーオフィスや英国系ファンドに関連する損失や複数のスキャンダルが露呈するなど固有の問題が顧客の不信感と預金流出を招いていた。そこに,今年3月に財務に関する内部管理問題が発覚しそれに拍車がかかったことが破綻の原因である。加えて,同行のAT1債が(条項にもとづき)株式より先に無価値となったため欧州のAT1債市場の不安定化につながった。そこで欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行などが破綻時の損失吸収の順位は株主がAT1債の保有者に先行するとの声明を3月に表明するなどの迅速な対応を行ったことで,市場は落ち着きつつある。

 一方,シリコンバレー銀行は預金の9割がFDICの預金保護上限の一口座当たり25万ドルを超えており,ソシアルメディア主導という新しい面はあるもの典型的な預金流出(取り付け騒ぎ)の事例となった。地域銀行は中小企業やスタートアップ企業および商業不動産業者への融資が大きい。地域銀行から大手銀行やマネー・マーケット・ファンド(MMF)に預金が流出する動きは収まりつつあるが,地域銀行に預金が戻ってくる動きはまだ見られない。大手銀行はビジネスモデルが異なるため地域銀行やMMFに移った資金が中小企業や不動産業者にそのまま回るわけではない。地域銀行の資金調達コストが高まっている可能性もあり,米国連邦準備理事会(FRB)による高い金利水準が維持されれば米国の景気が下押しされる恐れもある。

 金融不安や金融危機は,一般的に予想された形で起きることは滅多になく,予想されていないところが発生源になることが多い。今回の米国の事例は,リーマンショックのような返済能力の低い世帯による住宅ローンの急増や複雑な金融商品が主因ではなく,「金融規制」,「金融監督」,「国債」にかかわる問題がクローズアップされた点が興味深い。

 シリコンバレー銀行を発端とした地域銀行の問題は,2018年にトランプ政権の下で2500億ドル未満の資産を保有する中堅規模の銀行に対してバーゼル金融規制の緩和やストレステストの実施が免除されたことだけが問題なのでなく,銀行が抱える金利リスクを金融当局が意識していたにもかかわらず十分な対応を促さなかったという監督上のガバナンスの問題も指摘されている。本稿ではそうした点よりも,バーゼル金融規制の下での銀行による国債保有の在り方を中心に考察したい。

米国のシリコンバレー銀行問題が示した課題とは

 銀行の国債保有は,バーゼル金融規制の下で様々な観点から優遇されている。たとえば,最低所要自己資本比率(第1の柱)の算定では国債の信用リスクは,各国の裁量で格付けに関係なくリスクゼロの扱いができるので,最低所要自己資本を追加的に積み増す必要はない。

 金利の変動にともなう金利リスクについても,満期保有の場合は最低自己資本比率の対象外となっている。売買目的で保有する国債の場合は時価評価が必要になるが,満期保有目的の国債については取得価格で評価している。満期保有では短期的な価格変動が銀行の財務に影響を及ぼすことはないが,評価損失は計上する。こうした扱いの違いもあってシリコンバレー銀行だけでなく銀行の中には満期保有を増やす銀行が少なくなかった。

 しかも,国債は換金が容易で流動性が高い「高品質流動資産(HQLA)」として流動性規制でも優遇されており,国債の保有制限やヘアカットが適用されることもない。大口信用供与規制でも国債は対象外となっており保有制限がない。

 また,FDICによる預金保護上限である25万ドルを超える預金が取り付け騒ぎの中心になりうる可能性についてもこともあまり金融当局は意識していなかった。表面上,シリコンバレー銀行などでは自己資本比率などが規定を超えて高かった。このため安心感から個人や企業の預金は比較的粘着性が高いと見られていたからだ。

 先進国では自国通貨建てでの国債発行が多く,デフォルトするケースは少ないので信用リスクがゼロというのは概ね適当であろう。ただし,中央銀行による利上げや何らかの要因によって国債のリスクプレミアムが上昇することで国債価格が大きく低下すれば,銀行が保有する国債の評価損やキャピタルロスが発生する。国債を担保として金融取引に利用する場合には担保価値が目減りしマージンコール(担保請求)に直面しうる。その結果,銀行株が下落したり銀行の資金調達コストが上昇し,民間への投融資が抑制されて経済を下押しする恐れもある。このため銀行はこうしたリスクを常に把握してリスク管理をしておく必要がある。

 シリコンバレー銀行は満期保有扱いで長期国債を大量にもっており,その国債の価格下落で大きな評価損が発生して,評価損を加味した自己資本比率が急速に低下している中で預金流出に拍車がかかった。その預金流出に応えるために国債を満期保有できなくなり売却を余儀なくされ,債券価格は時価で評価されることになり実際の損失計上につながった。また,今回の事例では,満期保有の国債に関する「金利リスク」と「流動性リスク」が,直接的に銀行の財務そして預金流出に拍車をかける恐れがあることが改めて意識された。流動性リスクとは,資産と負債・預金の満期のミスマッチにもとづく予想外の資金流出に直面して,満期保有目的の国債売却が迫られるほど手元の流動性が不足する事態に陥るリスクを指す。

 銀行不安が広がるのを防ぐために,FRBは既存の融資の枠組みに加えて,(担保価値など)有利な条件で1年間融資を供与する新しい制度を創設して銀行への大量貸出を行った。この結果,複数の地域銀行は国債を売却せずにFRBからの借り入れ担保とすることで,供給を受けた資金を使って預金流出に対応することが可能になり,事態が収束にむかうことができた。

 つまり,国債保有には流動性リスクがあり,たとえ満期保有を目的としていたとしても予想外の預金流出に対して売却をしなければならない事態に発展する可能性があること,そのような局面では国債が流動性資産としての要件を十分満たしているとは言えないことが露呈したと言える。このことはバーゼル規制における満期保有の国債を取得価格評価のままでよいのかという本質的な問題を露呈したようにもみえる。

 バーゼル規制が今回の事例により根本的な見直しがすぐ行われるとは考えにくい。まだ欧米のインフレ率が高く中央銀行の金融引き締めが続く中で,金融機関の負担を重くしかねない議論は回避されるだろう。しかし,今回の事例がつきつけた根本的課題については引き続き検討していくことが重要だ。

 最後,今回の一連の措置は金融当局による迅速で金融不安の悪化を防ぐことに成功したが,モラルハザードの問題を生じた可能性はある。現在,FRBは銀行監督に関する内部調査を進めており,議会でも議論が進む。いずれ地域銀行に対して金融規制や監督体制が強化されると思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2938.html)

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