世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2929
世界経済評論IMPACT No.2929

転換期の英国:Brexit後3年を経て高まる変化のモーメンタム

平石隆司

(三井物産戦略研究所 シニア研究フェロー)

2023.04.24

 英国のEU離脱後3年強が過ぎたが,政治経済両面で厳しい試練が続く。もっとも,足下では再活性化へ向けた変化の胎動が顕在化しつつある。中長期的な時間軸で英国の方向性を読み解こう。

1.英国の試練

 英国はEUからの離脱後,(1)貿易低迷-通関手続が必要となりコスト上昇とリードタイム長期化に直面。対EU輸出数量は2016年を100とすると2022年現在97.6,(2)規制・基準の乖離への対応-化学品や機械等の分野で英国がEUと独立した基準を設定。英EU双方で活動する企業は二重の対応が必要,(3)金融サービス輸出低迷-英企業はEUの単一パスポート喪失により対EU金融サービス輸出が低迷,(4)人手不足-英EU間の労働・居住の自由は無くなり,EUからの移民労働者が減少。特に運輸・倉庫,宿泊・飲食,卸・小売,建設等で人手不足が深刻化,等の試練に直面。Center for European Reformは,離脱なき場合に比べGDPは2022年4-6月時点で5.5%ポイント下振れと試算。

2.成長戦略による再活性化への挑戦と課題

 負の影響を相殺すべく,英政府は,(1)レベルアップ,(2)ネットゼロへの移行,(3)Global Britain,の3つから成る成長戦略に取り組むも様々な課題に直面,現在迄十分な成果は達成できていない。

 (1)は,①ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道HS2建設,②2021~24年度に87万戸の住宅建設,③11のフリーポート建設,等のインフラ整備で格差縮小を目指す。

 ただし,目玉のHS2は当初計画比で費用が膨張,バーミンガム~リーズ間の路線撤回等,計画縮小に追い込まれている。

 (2)は,①洋上風力-2030年迄に発電容量を現在の10GWから50GWへ拡大,②水素-2030年迄に10GWの低炭素水素の生産能力を確保,③CCS・CCUS-世界のリーダーを目指し,水素関連設備とCCUS設備の産業集積を創生,④EV-2030年迄にガソリン・ディーゼル車の新車販売禁止,⑤原子力-2030年迄に最大8基の原子炉新設,等を軸とする。

 洋上風力建設や,水素・CCUSの産業集積創出等は比較的順調も,EV普及の為のバッテリー大量生産の遅れ等,分野毎に進捗の差が激しい。

 (3)は,インド太平洋を中心に域外の成長取り込みを狙う。CPTPP加盟や米,豪,ニュージーランドとのFTA締結を軸とし,中,印,伯やコモンウェルス諸国との関係強化等を掲げる。

 最大の成果は2023年3月に大筋合意したCPTPP加盟。英国の加入で世界のGDPの15%を占める規模と野心的な貿易・投資ルールを備えたメガFTAへは,インド太平洋を中心に加盟へ興味を示す国が列をなす。貿易・投資拡大,サプライチェーン多様化,経済安全保障強化に多大な貢献を期待。一方,対米FTAは,バイデン米政権が新規FTA交渉に消極的で,TPA(貿易促進権限)も2021年6月末に失効し早期の進展は期待できない。

3.注目すべき変化の胎動

 英経済のパフォーマンス悪化を背景に,EU離脱の是非を問う世論調査では足下「誤った選択」という回答が6割弱に達する。英政府が離脱に適切に対処していないとの意見は今や7割弱を占め,支持率調査では野党労働党が与党保守党に20%程度の大差をつける。

 与党保守党内でも,EUからの主権奪還を至上命題とするジョンソン,トラスのEU懐疑派政権に代わり,経済的利益を重視するスナク政権が2022年10月に誕生。同政権は,EUとの関係修復へ舵を切り,2023年2月北アイルランド議定書を修正する「ウィンザーフレームワーク」を成立させた。

4.今後の展望

「メインシナリオ」

 スナク政権は,保守党内のEU懐疑派に配慮しつつもEUとの関係修復を緩やかに進める。EUも英国の変化を評価,ペンディングだった研究開発プログラムへの参加を認める等,成長戦略遂行上の課題が一定程度改善。

 2024年後半実施予定の総選挙では,労働党が勝利しEUとの関係改善が加速。規制調和へ舵が切られ,非関税障壁が最小化,対EU貿易が再活性化する。EUからの移民受け入れも,人手不足の職種を中心にビザ発給拡大・期間長期化等が進む。

 労働党政権下でもネットゼロ推進や積極的FTA締結等,成長戦略の方向性は維持され,クリーンエネルギー分野等へ国外から投資を呼び込みながらイノベーションを推進,インド太平洋への展開もダイナミックに進み,英経済は再活性化へ向かう。

「リスクシナリオ」

 保守党内のEU懐疑派の抵抗は予想以上に強く,EUとの関係改善は滞る。

 世界経済回復に伴う英景気の底打ちに加え,スターマー党首のカリスマ性の乏しさもあり労働党が総選挙で勝ち切れずにハングパーラメントとなる。成長戦略,移民制度等多方面での政策停滞に加え,EUとの関係改善も進まず英経済は長期停滞に沈む。

 日本企業は,Brexitに伴い欧州で機能再編に取り組んできたが,英国は再びEUとの関係緊密化に動き始めており,欧州戦略における英国の位置付けを柔軟に捉え直す必要がある。

 変わらぬトレンドは,CPTPP加入を経て強まる英国のインド太平洋への傾斜。IRAを巡る米EUの対立に象徴される様に,英国と日本の連携の重要性はますます高まっている。日本企業も,深い知見を持つインド太平洋において英国の優れたテクノロジー,ビジネスモデルの展開を英企業と連携し推進することを考えるべきだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2929.html)

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