世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
“台湾のために戦う”は“日本のために戦う”だ:英誌『Economist』は何を語るのか
(九州産業大学 名誉教授)
2023.04.10
英誌『エコノミスト』(2023年3月11日付)は,特集「台湾のために戦う(The Struggle for Taiwan)」を組んだ。これは2021年の「地球上で最も危険な場所(The most dangerous place on Earth)」,2022年の「如何にして台湾における米中戦争を防ぐのか(How to prevent a war between America and China over Taiwan)」に続くもので,3年連続の台湾有事の特集である。表紙の写真は,台湾海峡を航行する艦船数艘の航空写真で,台湾海峡の緊張した雰囲気を伝えている。
特集の構成は,脅威に晒された台湾島,台湾の歴史とアイデンティティ,台湾の貿易と投資の脱中国,台湾による半導体産業の支配,中国との戦いは物理的と同時に心理的戦い,新しい対中防衛戦略の必要性,2024年初めに台湾は重要な選挙を実施,世界からの支援を切実に必要などの8本の寄稿からなる。本稿では紙幅の関係で1本目の論文のみを紹介する。主には,「西側民主主義諸国は,台湾のために戦うが,台湾の自覚を促す」との内容である。
深刻な脅威に晒されている台湾島
2022年12月,蔡英文総統は「苦肉の決定」として,義務徴兵期間を従来の4カ月から1年間に延長すると発表した。台湾有事について,「誰も戦争を望んでいない」,「しかし,平和は空から降ってくることはない」と述べた。台湾は既に「世界で最も危険な場所」(2021年の特集タイトル)になり,中国からの侵略に備える必要がある。特にウクライナ戦争以降,このリスクが高まっている。
国民政府が台北に移転した1949年以降,台湾は常に中国による脅威に晒されてきた。特に2024年初めには次期総統を選ぶ直接選挙があり,「台湾の行方」が注目されている。近年まで,アメリカは「台湾関係法」と「6つの保証」により台湾へ安全保障を与えてきた。特に戦闘機やミサイルなどの軍事支援を通じ,70年以上にわたり,台湾を侵略のターゲットとする中国に対して軍事的優位性を持たせてきた。このアメリカによる「曖昧政策」により,台湾海峡の平和が維持されてきた。
しかし,この10年間で中国は軍事力拡張資金を大量投入し,「あからさまな軍備競争」へと変化させた。そして,習近平国家主席は,アメリカによる既存の秩序に挑戦するようになった。中国は世界最大の海軍を誇っており,2025年までに軍艦数は400艘になると予想される(アメリカは300艘未満,台湾は26艘)。外国勢力を台湾海峡から遠ざけるため,ミサイルと核兵器を増強している。
また,中国は軍事衝突には至らないケースが多くものの,極めて危険な「グレーゾーン」行動を取っている。仮に,双方が誤判した場合は戦争に展開するリスクが高い。台湾海峡の境界線である中央線を越え,台湾南西部の防空識別圏(ADIZ)に侵入する人民解放軍の戦闘機の数は,過去 2 年間でほぼ倍増した。2022年8月にアメリカ下院議長(当時)ナンシー・ペロシが訪台後,人民解放軍の戦闘機の侵入数が急激に増加し,軍事的封鎖やミサイルを威嚇発射するなどで一気に緊張が高まった。
米当局は全面侵略という最悪のシナリオに備え,台湾に対する海上封鎖や離島の侵略などを懸念する。台湾は中国の海岸から約 160km離れるが,台湾軍が防衛する金門島はわずか3kmの至近距離である。金門島は両岸の観光と経済交流のパイプ役で,2018年以降,16kmのパイプラインで中国から水道水を引いている。そして台湾海峡でのリスクは,ウクライナ戦争以降さらに高まった。
台湾有事の場合,世界経済に与える影響はウクライナ戦争よりも遥かに大きい。台湾は世界の半導体の60%以上を製造しており,スマートフォンからF-35戦闘機,誘導ミサイルに搭載する最先端の半導体(HPC)の90%を製造している。調査会社のロジウム・グループ(Rhodium Group)は,台湾有事が発生した場合,世界経済に2兆ドル以上の損害を与える可能性があると試算した。
台湾の指導者は,強力な民主主義と経済的重要性だけでは安全保障を確保できないことを知った。ウクライナ戦争で,ロシアの侵略に小さなウクライナは固い抵抗する意志が必要であると知った。全力で反撃すれば,世界の友人が助けてくれる可能性が高い。しかし,台湾は戦う準備がまだ整えていない。そればかりか長期に渡り防衛費を持続的に減額し,兵士数も人民解放軍の200万人に対し,台湾軍はわずか16万3,000人で,予備兵200万人以上を擁するも,年に僅か11万人しか増えていない。
30年前は弱体化していた人民解放軍に対し,台湾の軍事力(戦闘機,戦車,戦艦)は優勢であったかもしれない。しかし,現在の中国は軍事力も防衛予算も台湾のそれを大きく上回る。また,中国のフェイクニュースによる陰謀論やプロパガンダが台湾に溢れており,アメリカ当局や台湾の退役軍事指導者は,台湾の防衛戦略について大きな懸念を有している。
1980年代後半,台湾の民主化によって抑圧されてきた台湾アイデンティティが発露した。1992年の国立政治大学の選挙研究センターによる世論調査では,回答者の17.6%が自らを台湾人と回答し,25.5%が中国人,46.4%が両方と回答した。しかし,2022年の調査では61%が台湾人と回答,2.7%が中国人,32.9%がその両方であった。特に1987年の戒厳令解除後に生まれた若い世代は,強い台湾アイデンティティを保持している。
2024年初,台湾は次期総統選挙が予定されている。候補者は,台湾の将来について新たなビジョンを示さなければならない。世論調査を見ると,蔡総統が率いる民主進歩党(DPP)が簡単に勝てるようには見えないが,独立への支持は高まり,逆に国民党候補者は支持率を下げた。
アイデンティティだけが台湾政治の要ではないが,最近の世論調査では,回答者の約57%が“事実上の独立”という「現状維持」を支持するものの,戦争は求めないという。これは中国共産党が,アメリカによる台湾の「分離主義者」である指導者を操作し,独立の機運を高めようとしていることに対し,台湾における敗北主義的なプロパガンダを推し進めていることの現れといえよう。
台湾の若者はそのようなプロパガンダに慣れているかも知れないが,若者は投票率が最も低いグループである。投票率が最も高いのは55歳から75歳の層で,「宥和政策を支持する可能性が最も高い保守層だろう」と,国民党の馬英九前総統は述べる。しかし,2022年の地方選挙における国民党の勝利は,中国に対する宥和政策よりも,市や県レベルの地方行政に対する政策が評価されたのかも知れない。
台湾は民主主義国家であり,その未来は国民の手に委ねられている。しかし,権威主義的な搾取に対して脆弱である。中国は台湾のメディアで敗北主義的で分断的な考えを宣伝している。対抗するのは台湾人次第である。自分が誰であるか,何を信じているか,戦うかどうか,そのために必要な軍事費の支出を決定しなければならない。命の犠牲を払う覚悟があるかを問う,政治的に大変難しいメッセージでもある。
最後に筆者の感想を述べたい。『エコノミスト』誌の特集を読んだあと,ふっと考えたのは,特集のタイトルが「日本のために戦う」と読み替えることも可能なのではないかと言うことである。つまり,亡き安倍晋三元首相の「台湾有事は日本有事だ」という警言である。プーチン大統領によるウクライナ侵攻によって,北欧のスウェーデンとフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)の加盟を申請した。仮にプーチン大統領と習近平国家主席が“ナチス化”し,第3次世界大戦に発展させ,日本に攻め込んだ場合,日本の自衛隊で対抗できるのかということである。「日本憲法第9条」の下では日本の存亡にかかわることの危機がある。宥和政策の党派や少数の国民は「日本憲法第9条のために戦後日本の平和が保もたれている」と宣伝しているが,事実は「第2次世界大戦以後の国際社会の平和により,第9条に関わりなく平和を保つことができた」が真実に近い。台湾有事が第一列島線である西南諸島,沖縄,九州,本島への侵攻という日本有事に発展した場合,自衛隊だけでは対抗できるのかという疑問がある。平和主義は良いことだが,しかし,“平和ボケ”では困る。台湾の場合,義務兵役がある。永世中立国を提唱するスイスなど北欧諸国でも兵役はあるが,日本ではこの予備兵の育成制度がない。エコノミスト誌は台湾の予備兵の訓練が疎かであると指摘しているが,自衛隊,警察を除けば,殆どの日本国民は拳銃を触ったこともない。予備兵の育成制度を含めて,首相,政治家,日本国民の全員が真剣に考える必要があると思われる。
[参考文献]
- 朝元照雄「台湾・地球上で最も危険な場所:英誌『The Economist』は何を語るのか」世界経済評論Impact No.2139,2021年5月10日。
- 朝元照雄「台湾を巡る米中戦争の回避ができるのか:英誌『Economist』は何を語るのか」世界経済評論Impact No.2731,2022年11月7日。
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