世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
期待と不安で世界が騒然:目前に迫るAIの実用化:チャットGPTのマーケティング戦略とは?
(桜美林大学 准教授)
2023.03.20
話かければ流暢に専門知識を教えてくれたり,目からウロコのアドバイスをしてくれる。
注文に応じてエッセイや記事だけでなく専門のプログラミング言語まで,さらさらと書き出してくれる。SF映画のようなAIがついに登場し世界中をにぎわしている。研究組織オープンAIがネット上で無料公開したアプリ「チャットGPT」である。
2022年11月の公開後2か月で利用者数は1億人を突破した。ネット上では,その応答の自然さ,専門性の高さ,さらに他人の悪口を言わないなどの倫理的な配慮に驚く声や,間違いを捜して勝ち誇るコメントなどの他,AIの本格的な実用化が目前に迫ったと感じて,人間の職が奪われる危機への悲鳴も上がっている。ここ数か月のネット上の反応は,未知との遭遇への興味や不安を書き立てるものが多く,混迷している状況に見える。
そこで本稿は,著者の専門分野であるマーケティングの視点から,チャットGPTの創り手であるオープンAIの活動を再確認する。オープンAIは,自社ブランドを構築し利益確保を目指すといった本来のマーケティング活動から見ると,相反する次のような行動をとっている。これらの行動の理由を中心に整理したいと考える。
- ①なぜ莫大な投資で創ったアプリを無料で世界に公開しているのか
- ②なぜ世の中での議論・世論を放置させているのか
- ③なぜ他社の技術開発の中に自由に取り込んで活用できるようにしているのか
オープンAIとは
2015年に設立された,AIによる社会貢献を目指す非営利研究組織である。テスラのイーロン・マスク氏も設立メンバーであり,マイクロソフトは100億ドル規模の巨額投資を表明している。学習によって成長・進化する大規模言語モデルのGPT(Generative Pre-trained Transformer)を開発,そのバージョン・アップの末にチャットGPTを創り上げた。
オープンAIのミッションは,人類全体の利益につながるような安全なAIを開発することであり,組織の理念は,透明性が高く倫理的で人間の価値観に合致し,多様性と包括性を重視したオープンで協力的な環境で有益なAIを生み出すこと,とされている。すなわちオープン AI は政府機関や大学,病院などと同じで,社会貢献が主たる目的といえる。また提供するのは主にソフト利用であり,マーケティングの分類でいえば,ソーシャル・マーケティングとサービス・マーケティングを行う組織として位置づけられる。
具体的な取り組みとしては,AIの最先端の研究とともに企業や個人がAIシステムを容易に構築・展開できるためのツールや開発環境を提供したり,AIのスキルや知識を普及させるためのワークショップの開催,研究論文の出版,オンラインコースの作成なども実施。政府やマイクロソフト,グーグル,アマゾンなどとも提携し,AI利用のガイドラインや規制の策定にも関わるなどAIの研究開発と普及に向けて広く社会と関わっている。
オープンAIのマーケティングの全体像
オープンAIは,現代のマーケティングで重要とされるプロトタイピング手法を,世界中を巻き込んだ極めて大規模なスケールで実施している,と捉えることが出来る。
プロトタイピングとは,企業が新商品を開発する際に,商品の試作品を作り,実際に消費者に見せて使ってもらい,その反応や感想・意見をもとに評価し,修正や再構築を図りながら,よりヒットする商品へとブラッシュアップする商品開発手法である。
現代の市場では,あらゆる分野・カテゴリーにおいて,実に多様な商品が国内外の多数の企業によって提供されており,一見すると消費者にとっては全てのニーズが満たされているように感じられる。企業側から見れば市場には自社が新たに入り込む“隙間”が無いように見え,新たな差別性を創り市場での新しいポジションを築くことは極めて困難な状況と感じられるだろう。このような状況下において,企業が成功のチャンスを開拓するために重要となるのが,世の中の誰もがまだ気づいていない潜在ニーズ「インサイト」をいち早く発見しそれに応える商品を開発・提供することである。そのための手法がプロトタイピングである。消費者の脳の働きの95%以上が自分でも気づかない潜在意識で占められており,そこには未解決のインサイトが豊富に眠っている。これらは企業にとってのチャンスの宝庫なのである。
アイフォンを発明したスティーブ・ジョブズ氏は「消費者は商品を具体的な形にして見せない限り,それが欲しいモノなのかどうかわからないものだ」と語っているが,これがまさにプロトタイピング手法が求められる理由である。ジョブズ氏はアイフォンの開発にあたって社内に極秘のパープル・ドームという開発室を創り,日夜その中で膨大な数のプロトタイプを作っては消費者の評価を試すことを繰り返して,ようやく,あるインサイトに到達した。それは,当初のスマホが備えていた多数の小さいキーボード操作の煩わしさから解放され直観的に操作したい,というものであった。アイフォンの操作性を見てはじめて消費者はそのインサイト=潜在ニーズに気が付くのである。
このように通常,プロトタイピングは社会に対しては極秘に行うものである。なぜならその商品を他社にマネされないことが自社独自のブランド創出のための必要条件だからである。一方,オープンAIはチャットGPTという商品の試作品を世界に公開し世界中の人々を巻き込む形でプロトタイピングを実施している状況にあるといえる。それによって前述のような実に様々な世の中の反応が提示されている。これらの中には豊富で多様なインサイトが含まれている。オープンAIは自身の利益のみを追求するのではなく,社会全体への貢献を追求する非営利組織である。AIが,プラス・マイナス両面を含めて社会に与えるインパクトはとても大きく,人類にとって有益なAIの活用を促すためには一部の限られたコミュニティだけで解決できるものではない。一般の消費者はもちろん,本来は敵対するはずの競合企業も含めて,協同で考え議論する中から,試作・改善を加えつつ理想の姿を模索していくことが最も近道であり有益であるという信念のもとに,オープンAIの活動が計画され進められているといえよう。
我々は今まさに,オープンAIとともに皆で「AIのあるより良い社会の創造」に直接立ち合い参加しているのである。
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