世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
金融政策の転換と債務残高(対GDP)の行方
(法政大学 教授)
2023.03.20
いま日本財政は大きな転換を迎え始めている。ロシアのウクライナ侵攻が契機に,従来はGDP比で約1%だった我が国の防衛費が約2%に拡充されるほか,日銀の総裁・副総裁の交代もあり,金融政策が徐々に転換する可能性が高まってきたからだ。日本の国債バブルを支えてきたのは,日銀の異次元緩和といっても過言ではない。
このような状況のなか,先般(2023年1月24日),経済財政諮問会議において,内閣府が「中長期の経済財政に関する試算」(以下「試算」という)の最新版を公表した。この試算は,年に2回(7月頃と1月頃),内閣府が推計を行い,今後10年程度における財政の姿を国民に示すものだ。今回の試算では,インフレ率,長期金利や防衛費増額の影響が試算にどう反映されるかに専門家の関心が高まっていた。
蓋を開けてみたら,どうだったのか。試算では,高成長ケースと低成長ケースの2つの推計があるが,どちらのケースでも,試算が前提とするインフレ率は2023年度で1.7%しかない。だが,現在のインフレ率は既に2%を超えている。
また,インフレ率が高まれば,長期金利も上昇するはずだ。国債利回りと償還期間との関係を示す「イールドカーブ」(利回り曲線)から,長期金利(10年物の国債利回り)を大雑把に読み取っても,少なくとも0.9%程度の水準になってもおかしくない。だが,試算が前提とする長期金利も2023年度で0.4%しかない。
防衛費増額の財源も,政府の計画では,「歳出改革」「決算剰余金の活用」「防衛力強化資金」で約3兆円,法人税やたばこ税などの増税で約1兆円を賄うとしているが,前者の約3兆円は恒久財源にならない。だが,内閣府の試算の前提では,国債発行をせずに財源を賄われていると仮定している。この結果,試算の低成長ケースでは,2032年度の財政赤字が9.6兆円(対GDP比で1.6%)に収まるとしているが,この前提で本当に大丈夫か。
むしろ厳しい財政の現実は「ドーマー命題」でも確認でき,中長期的な財政赤字(対GDP)をq,名目GDP成長率をnとすると,債務残高(対GDP)の収束値が「q ÷ n」で計算できる。財政赤字(対GDP)は2032年度以降も拡大基調だが,取り敢えずの値として既述のq=1.6%とする。また,n=1995年度から2022年度までの平均成長率0.35%を利用すると,債務残高(対GDP)の収束値は約457%(=1.6÷0.35)となる。つまり,債務残高(対GDP)は現在の約2倍超の水準に向かって,徐々に膨張していく可能性を示唆する。
いまアメリカでは,FRBの利上げによって債券バブルが崩壊し,シリコンバレー銀行等の破綻が顕在化してきた。欧州では,スイスの金融大手クレディ・スイス・グループの問題も顕在化している。日本の国債バブルは大丈夫なのか。楽観的な推計で改革先送りとなれば,そのツケを払うのは我々国民であり,異次元緩和の修正などが見込まれる今,試算の前提に関する議論も深める必要があろう。
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