世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
地政学リスクを企業活動のESGリスクと見る
(元立命館アジア太平洋大学 教授)
2023.02.13
地政学とは国際政治において地理的条件を考える学問だ。①米中二極の覇権争い,②ロシアのウクライナ侵攻,③COVID-19のパンデミックが,地政学リスクとして企業活動に影響を与える。①では経済安全保障による先端半導体,AI,5Gなど先進技術における技術漏洩防止と,重要な物資・資源・技術におけるフレンド・ショアリングを考えたグローバル・サプライチェーン(GSC)再編が課題だろう。②は小麦価格の上昇とロシアへの経済制裁によるエネルギー価格の上昇,③はGSCの寸断による物流・生産・サービス・観光の停滞と消費の低迷だろう。
筆者は企業活動における地政学リスクを,企業活動におけるESGリスクに包含することを提案したい。日本本社,海外投資先企業,内外調達先企業,販売先を具体的に想定したESG重視の経営を意味あるものにするためだ。一時ブームになった企業リスクマネジメント(ERM)では様々な手法が開発されたが,定期的なリスクの見直しをいかに効率的・機能的に行うかに走ってしまい,リスクの内容精査と予防策策定に至らないことも多かった。形式的なリスク分析は行ったが,それが企業活動にどれだけ意味あるものだったか,外部コンサルタント会社を利するだけになっていた面もあると思う。
2023年の景気回復は賃上げ如何に懸っているが,NHKテレビ「ニュースLIVE!ゆう5時」で「中小企業の賃上げは困難だ。取引先の大企業が買い叩きをするからだ。」と解説者が言っていた。買い叩きは下請法違反行為だと一言も言わない報道に筆者は愕然とした。たまたま東京オリンピックとパラリンピックのプレ大会入札で談合をしたとして電通幹部が独占禁止法違反で逮捕されたとの報道の後のニュース解説だった。電通ともあろう世界的な有名大企業が,競争法も知らないのか,知っていても見つからないと思っていたのかと愕然とした。電通のESG対応は滅茶苦茶だ。高橋まつり過労死自殺事件はSの問題だし,談合はGのガバナンスの問題だ。コンプライアンスという法意識教育が不徹底なのは電通もNHKも同じだ。
親事業者がその地位を利用して下請事業者に著しく低い下請代金での契約を押し付けることは買い叩きの違法行為だ。下請事業者の労務費・原材料費・エネルギーコストの上昇を反映させない下請代金決定,親事業者が多頻度・小口納入の為の人件費・運送費を下請代金に反映させない,知的財産権やノウハウの譲渡につき対価を支払わない,皆違法行為だ。その行為態様は公正取引委員会hpに書いてある。社会システムは経済,政治,文化・教育そして法律の四構造で成り立っている。経済,政治,文化・教育の構造を統合するのが法構造だ。構造内・構造間のプレーヤー間,ないし社会と自然のシステム間の調整統合をして問題発生を予防するのが法構造の意味なのに,問題発生後の処理策としてしか法構造は機能していない。機能ではなく意味が重要なポストモダンの文明になっている。
「2022年最新地政学リスク-ロシアによるウクライナへの侵攻で激変する国際情勢と企業への影響」というPwCのレポートにある「人権や環境問題といった社会問題が経済対立の争点として利用されるイデオロギーの経済争点化です」(同レポートp.3)との表現が気になった。ここでイデオロギーとは米中,対露の文脈で語られているから民主主義と権威主義を指すのだろうが,民主主義も権威主義もイデオロギーでは無いだろう。資本主義,社会主義,自由主義,共産主義ならイデオロギーだ。このような書き方は民主主義の価値を不当に相対化し,『イデオロギーの終焉』を1960年に言ったダニエル・ベルと,『歴史の終わり』を1992年に言ったフランシス・フクヤマの功績を無意味にすると筆者は考える。両著書の間にポストモダンの文明が始まった。
同レポートは2022年8月に行った「PwCJapan 企業の地政学リスク対応実態調査2022」の結果を報告している。その中に,「生産や調達を中国国外へ移管する最も重要な要因を教えてください」という質問があり,14要因が並べられている。その中で地政学リスクと見做せるものは,「米中の経済関係の不透明性」23%,「COVID-19」9%,「政府による中国調達・生産の依存度低減および国内回帰への圧力」7%だ。58%の企業が挙げた「中国における政策環境の不透明性」はトップマネジメントの業務の問題だろう。「中国でのコスト上昇」31%は生産の問題,「中国経済の成長鈍化」22%はマーケティングの問題だ。筆者は中国ビジネスでは,購買不正,資産の横領,贈収賄・汚職,財務不正,知的財産権侵害が問題だと考えるが,「リスクマネジメント」33%に入れられているのだろう。しかし,購買不正は調達業務,財務不正・資産の横領(架空の費用計上)・贈収賄・汚職は財務の業務,知的財産権侵害は研究開発・生産・マーケティングの各業務で生じている。具体的な業務に即して考えないと予防対策が採れないし担当者の責任を問うことも困難になる。経営人材の現地化はコンプライアンス意識と責任の徹底と抱き合せだ。問題が発生してからではリスクマネジメントにならない。アジア地場企業と異なるESG経営を各業務過程に即してなすところに日系企業の経営の現地化の意味がある。
- 筆 者 :鈴木康二
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際ビジネス
関連記事
鈴木康二
-
[No.3618 2024.11.18 ]
-
[No.3524 2024.08.19 ]
-
[No.3421 2024.05.20 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]