世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「異次元」の子ども政策について考える
(静岡県立大学国際関係学部 講師)
2023.01.30
現在,日本では政策に異次元と名付けるのがちょっとした流行らしい。2023年1月の通常国会の施政方針演説で岸田文雄首相は,子ども政策について,「次元が異なる」,つまり異次元の政策を実行すると表明した。もちろん,異次元の元祖は日銀による金融緩和である。次に,異次元(次元の異なる)少子化対策を岸田政権が打ち出したことになる。その演説の中で,少子化対策について,3本の柱を述べた。1)経済支援の強化,2)子育てサービスの拡充,3)働き方改革の推進と制度充実である。この3本柱自体には,新鮮味がなく,これまで言われてきたことをまとめているという印象である。財源などの具体策もこれから策定するという。具体策が明らかにならないと明言できないが,おそらくこの3本柱もこれまで採用された多くの過去の少子化対策と同様に失敗する。つまり,出生率の上昇や出生数の増加には貢献しない。それは,過去の政策の検証をしないで,似たような政策ばかりを実施しているというだけではなく,政策や改革が成功するには,「異次元」という上からの大きなことではなく,現場という下からの小さなことから行うべきだからである。
Banerjee and Duflo の“Poor Economics”,(翻訳書「貧乏人の経済学」)によると,ある政策や改革が成功するには,上からの視点ではなく,下からの視点が必要である。さらに,政策や改革の失敗の原因として,思想(イデオロギー),無知や惰性を,成功の要因として,明確性,具体性,信頼を挙げている。
“Poor Economics”は途上国の貧困層に焦点を当てた本であるが,そこでの話は日本などの先進国の場合を考えるときにも役に立つ。これを踏まえて考えると,少子化対策の目標である出生率の上昇や出生数の増加はおそらく達成できない。それは,この異次元の対策は過去の多くの対策と同様に,行政や官僚などの上からの視点で考えられており,現場である下からの視点が抜けている。柱の一つである子育てサービスの拡充については,労働環境の過酷さから離職者を防ぐために,保育士の給与を上げたいとか,こども園や保育園における教員配置基準を見直して,保育士を手厚く配置したいという下からの要望が満たされていないことからも明らかである。さらに,下から見れば,自分たちの要望が通らないということは,対策を実施する政府への信頼が低下することを意味する。また,過去の失敗した少子化対策の検証をすることなく,惰性でほぼ同じような政策を採用している。
この異次元の少子化対策は成功するには,過去の対策の検証も欠かせないが,従来の発想を捨てて,下からの細かい小さいことから変えていくことが重要である。子どもに関わる現場の視点から見て,小さいことからより良い方向に変えていく対策を積み重ねていく。このような政策は明確かつ具体的であり,それが累積して,最終的には信頼も築かれる。そして,政策や対策の目的が達成される。つまり,ここから分かる教訓は,悪魔は細部に宿るのである。
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