世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2799
世界経済評論IMPACT No.2799

台湾に100億ドルの無償軍事援助を提供:米国国防権限法2023が議会通過

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.12.26

米国国防権限法2023

 「米国国防権限法2023(national defense authorization act 2023;NDAA2023)」が2022年12月15日,米上院において83票の贊成,11票の反対の圧倒的賛成多数で可決された。また,これに先立つ12月8日には,350対80の賛成多数で下院を通過していた。NDAA2023の予算総額は8,580億ドルと,前年比800億ドル増で,バイデン大統領の提案した予算額からも450億ドル積み増し(インフレの要因を加算したもの),過去最高の規模となった。同法案はワイトハウスに送られ,バイデン大統領の署名後に発効する。

 また,アメリカは,インド太平洋地域における米軍の能力向上を目的とした「太平洋抑止イニシアティブ(Pacific Deterrence Initiative;PDI)」に115億ドルの資金を積み増やし,一層の能力向上を図る。

 NDAA2023では台湾に対する無償の軍事援助を提供し,同時に台湾の軍事備品の購入を加速させることが盛り込まれた。同法案における台湾関連の記述は50ページを超えた。主な内容は以下のとおり。

(1)上院外交委員会が9月14日に提出した「台湾政策法案」(Taiwan Policy Act)の「台湾強靭(きょうじん)性促進法案(Taiwan Enhanced Resilience Act;TERA)」が含まれ,2023年~2027年に台湾に年間最大20億ドル(5年間で合計100億ドル)の無償軍事援助を提供する。ただし,実行には国務長官の審査が必要である。

(2)国務省の「対外軍事融資(Foreign Military Financing;FMF)」を2023年~2027年に年間最大で20億ドルを借款(返還期限は12年間)として提供する。

(3)大統領は緊急時の在庫引き出し権限(presidential drawdown authority)を行使し,議会の承認なしに国防省から年間10億ドル在庫分の防衛物資やサービスを台湾に提供できる。また,台湾向けの弾薬および他の軍備品の「地域応変軍備在庫(regional contingency stockpile)」の行使にも,大統領に権限を与える。ただし,NDAA2023は項目の列挙にとどまり,最終的に支払われる金額は,後続の法案によって定められるという。

(4)台湾は,非北大西洋条約機構加盟国(major non-NATO allies)およびフィリピンと同待遇で,アメリカの「防衛物資」を優先的に獲得することができる。また,軍備を台湾に速やかに引き渡すことができるよう,国務省と国防省に対し台湾への軍備物資提供を如何なる遅延も認めず,優先的に処理するよう促す。

(5)台湾と共同軍事演習の開催を「議会の意思(sense of Congress)」としての「戦備能力の改善」に繋がる重要な要素と位置づけ,2024年の環太平洋軍事演習に台湾の参加を呼び掛ける。共同軍事演習は,戦闘能力の向上を図り,中国への対抗と牽制も目的とする。また,台湾と台湾支持を表明する国々が中国からの威圧を受けないよう,アメリカは義務的に台湾の防衛能力を強化する必要がある。

 NDAA2023は関係省庁の長官に,「情報戦,ネットサイバー攻撃,宣伝戦および統一戦線(united front)の推進などの中国の脅威」に対抗するため,同法案の発効後180日以内に既存の枠組みを超えた部会の組織化を促す。

 また,台湾の国際的枠組みへの加入を支持し,アメリカの行政部門に米台経済関係の拡大を求め,将来の協力関係構築に必要となる法的整備を促す。

 それに加え,国務長官に対し,連邦政府の職員などアメリカの公民権有資格者を台湾に2年間派遣し,1年目には中国語の修得,現地の人文,歴史,政治,環境,アメリカとインド太平洋地域関係の科目を履修させ,2年目は立法機関,政府部門や民間部門で活動する「台湾留学計画」の構築を促す。

 1979年1月1日の米中国交締結時に,アメリカは中国に対し,平和的手段で台湾問題を解決することを求めた。しかし近年,中国は台湾統一に武力行使も辞さない方向に舵を切り,台湾海峡では軍事的衝突の確率が高くなったことから,台湾は軍備の拡充を図ってきた。言うまでもなく,NDAA2023が台湾に優遇措置を供する目的は,アメリカが台湾を支持することで,中国の侵攻を阻止することにある。同法案が台湾に軍備の無償支援を盛り込んだことで,その意図は一層強化される。

米・国家安全保障戦略・中国軍事力年次報告

 ホワイトハウスは「2022年国家安全保障戦略」(10月12日発表)を,また,ペンタゴン(国防総省)は「2022年中国軍事力年次報告」(11月29日発表)をそれぞれ矢継ぎ早に公表し,「中国による国家安全保障上の懸念」を指摘した。

 前者では,中国を「国際秩序を再構築しようとする意図と,それを実現する経済,外交,技術力を併せ持つ唯一の競争ライバル」と位置付けている。そして,「自由で開かれた,繁栄する安全な国際秩序構築の維持」に向け,軍に加え,産業や人材などの「国力全般への投資」,「国家間連合体の構築」,「米軍の近代化」の3つのアプローチを採用している。

 後者の中国軍事力報告は,中国が既存の国際ルールによる秩序を打破することを表明し,弾道ミサイルの強化,陸海空一体化の強化,軍艦の建設の加速に着手していると指摘した。また,中国による台湾への4つの軍事行動(航空・海上封鎖,サイバー攻撃やスパイ活動を通じた政権転覆工作,重要施設への限定的爆撃やミサイル攻撃,台湾侵攻)の可能性を指摘した。また,中国が核戦力の強化をこれまでのペースで続ければ,2035年までに「約1500発の核弾頭を持つ可能性が高まる」と主張し,強い懸念を示した。

安保関連3文書

 日本では12月16日に政府与党政策懇談会で,これまでの与党の議論などを受けて,外交・防衛の基本方針である「国家安全保障戦略」,防衛の目標と手段を示す「国家防衛戦略」,防衛費の総額や装備品の整備規模を定めた「防衛力整備計画」の3つの文書(「安保関連3文書」)が固まった。

 「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」には,敵のミサイル発射基地などを叩く「反撃能力」を保有するとあり,安全保障政策に関する歴史的大転換と言えよう。「自由,民主主義,基本的人権,法の支配等の普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を擁護する」,「特にインド太平洋地域で,自由で開かれた国際秩序を維持し,発展させる」ことが明記された。

 台湾関連については,「武力行使の可能性を否定せず,また,台湾周辺における軍事活動を活発化させる中国」に懸念を示している。「中国の対外的な姿勢や軍事動向は,日本と国際社会の深刻な懸念事項である」,「日本が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し,法の支配に基づく国際秩序を強化する上で,中国の脅威は最大の戦略的な挑戦であり,日本の総合的な国力と同盟国・同志国等との連携により対応すべきものである」と強硬な姿勢を示している。

【追記】

 バイデン大統領は12月23日にNDAA2023に署名,法案は発効にした。これに対し,中国側は不満を示し,抗議の意として,25日に人民解放軍の軍機71機を台湾海峡付近に飛ばし,47機が海峡中間線を越えた。機種はJ(殲)-10,J-11,J-16,Su(スホーイ)-30,Y(運)-8ASW対潜哨戒機と電子戦機EW,KJ(空警)-500,CH-4(彩虹)無人機,WZ(無偵)-7無人機で,軍艦7艘も海峡に送られた。これは8月7日のペロシ下院議長の訪台への抗議の規模(60機)を越えた数である。

 一方,同月27日に台湾国家安全会議と国防省は「全民国防兵力構造調整強化方案」で次の内容を発表した。(1)義務兵役:2005年1月1日以降出生の男子の義務兵役を2024年1月1日以降,現行の4カ月から1年に延長する。(2)義務兵役の待遇:二等兵は現行の1カ月6,500台湾元から2万6,307台湾元に引き上げる。これにより台湾の国土防衛意識の高まりが見て取れる。

(筆者2022年12月28日追記)

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2799.html)

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