世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2774
世界経済評論IMPACT No.2774

インバウンドと中国

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 客員教授)

2022.12.05

 日本の出入国規制緩和に伴い,訪日外国人の増加と旅行消費額拡大が期待されている。訪日外客数は2013年に1000万人を超え,コロナ禍直前の2019年には3188万人(数値は日本政府観光局)にのぼった。しかしコロナ禍のため,2020年は412万人,2021年は24.5万人にまで激減した。2022年は月次で入国規制緩和が実行され,訪日外客数は順次増加傾向にあり,10月には50万人に迫る数値を記録した。なお2022年の1~10月の訪日外客数は推計で153万人程度である。2019年の1~10月の訪日外客数は約2700万人だから2022年の数値はその5%程度にすぎず,隔世の感がある。

 コロナ禍以前の2019年で訪日外客数を世界地域別に比較すると,アジアが全体の84%,ヨーロッパ6.2%,アフリカ0.1%,北米6.9%,南米0.3%,オセアニア2.3%であり,アジアの比率が圧倒的に高い。アジア各国では中国30%,韓国17.5%,台湾15.3%,香港7.2%などであり香港・台湾を含めた中国系が50%以上を占める。同様に2022年1~10月では韓国24.1万人,ベトナム22.24万人,中国13.46万人などとなっており,2019年の同時期では中国813万人,韓国513万人,台湾415万人,香港184万人であるから,2019年比で韓国4.7%,ベトナム52.6%,中国1.7%,台湾1.5%,香港2.4%などとなっている。本年10月より個人旅行の受け入れや査証免除措置などの入国緩和策を実施したため,多くの国で訪日外客数の急激な伸びがみられるが,唯一中国のみが不変である。多くの国がウィズコロナ政策へ転換している中,中国ではゼロコロナ政策を継続している。中国政府外交部の海外旅行自粛指示や帰国後の陰性証明書取得,5日間の施設での隔離,1カ国1航空会社1路線1週1便など,極めて厳しい出入国制限を行っている。

 さてインバウンド消費であるが,観光庁の訪日外国人旅行消費額の推計値では2019年は総額4.8兆円,うち中国1兆7700億円,台湾5500億円,韓国4200億円,香港3500億円,アメリカ3200億円,などとなっている。2020年以降は新型コロナウイルス蔓延のため細かな調査が中止されているが,試算値では2020年7446億円,2021年1208億円,2022年1~9月3030億円であった。10月以降の数値はまだ発表されていないが,2022年は2019年間数値の10%強程度であろう。2019年に959万人で訪日外客数の30%を占めていた中国が,2022年(1~10月)には13万4600人で9%弱にまで減少しているため,インバウンド消費の縮小も著しい。出入国規制緩和と同時期に全国旅行支援の拡充が行われているが,インバウンドの消費拡大が想定以下のため,家電量販店やテーマパークなどでのいわゆる爆買いがあまり注目されない。

 中国のゼロコロナ政策が緩和されない限り,インバウンド消費の拡大は期待できない。上海をはじめとする都市封鎖や地区封鎖などともすれば強権的な色彩が強いが,中国医療状況からやむをえないとの見方も多い。いくつかの医学雑誌の推計ではゼロコロナ政策解除により,半年で1億人を超える感染者,死亡者100万人以上,ICU入院者数250万人以上などと推計されており,医療崩壊はおろか経済崩壊の恐れもある。医療が危機的になる理由としては,①中国製ワクチンの有効性の低さ,②高齢者ワクチン接種率の低さ,③医療体制の脆弱性,などが指摘されている。中国産mRNAワクチンの開発や医療体制の強化などを期待しても,中国のインバウンド回復は2024年以降との想定がある。

 しかし厳格なゼロコロナ政策は近時,批判され始めている。今年11月末にはコロナ感染者が4万人を越え,一方都市封鎖のため消火活動が制約され結果的に火災犠牲者が発生するなど,市民生活に実害も生じ始めている。経済活動の制約と相まって,北京市,上海市,広州市,新疆ウイグル自治区,チベット自治区などで大規模なデモも発生している。従来型の厳格なゼロコロナ政策は曲がり角にきているとも言えよう。

 コロナ禍以前,世界の2019年の入国旅行者数は,フランス8940万人,スペイン8350万人,アメリカ7930万人,中国6570万人などとなっており(観光庁資料),日本は3188万人で世界第12位であるが,アジアでは中国,タイに抜かれている。ヨーロッパ諸国や中国,トルコ(日本より入国旅行者数上位の国)などと並び,日本にも歴史的観光資源が多い。さらなるインバウンド増大のためには,中国のコロナ禍改善,円安など他力本願的な僥倖だけでは無理で,外国客を呼び寄せる戦略が必要であろう。在外大使館や海外駐在の観光斡旋施設など,日本国内で呼び寄せる戦略に留まらず,外国人観光客をその地で日本に連れてくる戦略,言い換えれば馬を水飲み場まで連れてくる作戦が必要であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2774.html)

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