世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ゼロコロナ抗議デモは第2の天安門事件となるのか
(亜細亜大学アジア研究所 教授)
2022.12.05
今年7月,参議院選挙での自民党勝利により,岸田文雄首相は「黄金の3年」を手に入れたと言われた。衆議院の解散がない限り次の国政選挙(2025年)まで選挙を気にせず腰を据えて政策に取り組める3年間の時間を手にした,という意味である。しかし,そうした空気はわずか3カ月で霧消した。多くの世論調査で内閣支持率は不支持が半数を超え,「死に体」「崩壊寸前」といった見出しが躍る。一寸先は闇だ。
ところで,中国では10月の中国共産党第20回全国代表大会(党大会)で習近平総書記が異例の3期目入りを果たした。新指導部人事を見る限り,主席に異を唱えそうな人物や勢力は全く見当たらない。露骨に子飼いの部下たちを引き上げ「一強体制」を確立した。5年後の党大会でも続投し,さらに長期政権,終身権力となる可能性までもが噂された。
その習新指導部が発足してわずか1カ月で,中国国内は少なくとも「習近平新時代(2012~)」で最も不穏な空気に包まれている。11月に入り新型コロナウイルス感染者数が急増し,それに伴う苛酷な行動制限強化の動きに各地で人々が抗議の声を上げた。11月24日,新疆ウイグル自治区ウルムチでの火災事故を機に抗議活動が勃発,瞬く間に全国に飛び火した。厳しいゼロコロナ政策への抗議のみならず,「言論の自由」「共産党下野」「習近平退陣」といった体制批判にまで発展する異例の事態だ。
以下,今後の展開について,注目点を挙げてみたい。まず1989年に起きた天安門事件(以下「六四」)との異同について。「六四」は,過去経験のないインフレ高進に対する庶民の不満が根っこにあった。特に計画経済から市場経済への移行の中で役人が職権を利用した転売(「官倒」)で私腹を肥やしていることが中途半端な改革への反発となり,次第にガラス瓶をたたき割る(鄧小平批判の表現)など,体制批判や民主化要求へとつながった。
今回の抗議活動も大学生など若者が中心で,突然の都市封鎖や非人道的な扱いに対する不満が発端となって異例の体制批判につながったところには共通点がある。他方,「六四」当時の経済混乱は市場経済化の途上ですぐには答えを出せない問題だったが,今回は「早期発見と隔離,迅速な拡大防止措置,有効な救護を以て市中感染拡大を阻止する人民・生命至上の理念を体現する施策」というゼロコロナ政策の理念自体は取り下げなくても,末端の対応次第で解決可能なことも少なくない。
政府としては,経済的な困窮に対する支援や現場での行き過ぎや非人道的な誤りがあったことを認めて改善を約束するなどは可能なはずだ。一方で体制批判は習近平政権のレッドラインを超えており,妥協することはない。それに対する本格的な制裁は香港同様に混乱が一段落してからである。今回の抗議活動での対応は「六四」よりもむしろ香港鎮圧の方が参考になる。まずは過激な主張をする勢力を孤立させて抗議の広がりを防ぐことに注力するだろう。
もう一つ,大きなポイントは,今回の抗議活動を政府がどのように認定するかである。「六四」では,『人民日報』が社説(1989年4月26日付)で「旗幟鮮明に動乱に反対せよ」と抗議デモを動乱と定義したことで,学生側も引くに引けなくなった。同様のことは,2019年の香港でもデモ活動を行政長官が「組織的な暴動」としたことで,学生側は「五大要求」を掲げて徹底抗戦に向かった。今回,『人民日報』は「仲音」のペンネームで見解を示しているが,ゼロコロナ政策はウイルスの変化に伴って修正を加えながら改善されている,といった主張で抗議側を刺激する論調はこれまで避けている。
「六四」では,当時は市場経済化をめぐって保守派(李鵬首相)と改革派(趙紫陽総書記)の対立があり,劣勢だった趙紫陽総書記が学生運動を支持することで巻き返しを企んだ側面があった。また「動乱」と定義した以上,最後はきちんと鎮圧して終わらせる必要もあった。余談だが,当時まだ国有部門中心の上海で,「子息が将来を棒に振ることのないように」と親から子供へデモ参加を止めるよう説得させて広がりを防いだのは,事件後中央に抜擢された上海市書記の江沢民(11月30日死去)と同副書記・曽慶紅の成功体験である。
今回のゼロコロナ政策をめぐる一連の抗議活動は,強権体制に対する国民各層の不満がどれだけ鬱積しているのか白日の下に晒してしまう結果となったことは否めない。わずか1カ月前に主席が自画自賛して見せた「体制優位」「中国式現代化」だが,はたしてどれだけ本当に国民の支持が得られているのか,経済成長の下押し圧力も加わり「黄金の5年」とは簡単にいきそうにない。
- 筆 者 :遊川和郎
- 地 域 :アジア・オセアニア
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :新興国
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