世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2732
世界経済評論IMPACT No.2732

銀行住宅ローン返済集団ボイコットの進展

童 適平

(独協大学経済学 教授)

2022.11.07

 今年の6月から始まり,瞬く間に百近くの都市に広がった「銀行住宅ローン返済集団ボイコット」(以下,ボイコット)は,その後どうなったのか,そして今後どうなるのか(関係記事は本誌8月8日掲載 No.2623)を観察してみたい。

 ボイコットの規模もここまで膨らめば社会騒動の新たな火種になりかねないと見て,特に中国共産党第20次全国代表大会開催の直前であることもあり,政府としてさすがに看過できなくなった。7月末の共産党政治局会議では,「マンション引き渡しの確保」の責任は地方政府にあるとしたうえ,緊急課題として取り組むように各地方政府に指示した。

 ボイコットの発端はマンション引き渡しの遅れであった。その原因は,不動産デベロッパーがマンション売り上げ金を流用して新たな開発計画に投資したものの,住宅価格の高騰に対し政府が抑制を図ったことと,ゼロコロナ政策なども相俟って資金繰りが悪化,建設中のマンションの工事が中止されるケースが現れた。この事態を打開するためには工事再開に必要な資金注入が必須である。

 まず,マンション引き渡しの遅れを考えてみよう。これは別に新しい問題ではない。住宅をそれまでの「割り当て」から,購入できるようにする「住宅商品化」の制度改革は1990年代から始まった。この改革によって,数十年間抑圧された「住」に対する欲求が爆発的に表に現れた。所得の増加で豊かになった消費者の住宅購入意欲は高まり,デベロッパーは住宅を供給し,土地所有者である地方政府は土地使用権の譲渡金を受け取り,逼迫した地方財政を補うことになる。ここで気づいて欲しいのは,共産党政権成立後,「住」をおろそかにした結果,この数十年間抑圧された欲求の空白を補填するのにも相応の時間が必要だという点である。つまり,住宅需要とその供給は,中国の経済成長の好循環に不可欠な要素として,長期にわたって求められるものであったことである。

 このような背景に支えられ,デベロッパーのビジネスモデルは規模拡大に重心を置いた。可能な限り,銀行融資を利用した上,土地を取得して,開発に着手し,販売を手掛け,投入した資金を回収して,新たなプロジェクトに取り掛かる。つまり,資金の回転を速め,利益率を高めることである。この中でマンション購入者の前払い金も重要な資金源であった。この前払金を流用して,次の土地取得とプロジェクトに取り掛かる手法は一般化していった。マンションの販売価格が上昇し,販売も順調であれば,引き渡しの遅れが発生しても,長期間の遅れは稀であったし,大規模な遅れはこれまではなかった。

 しかし,一本調子で高騰してきた住宅価格に対し,2016年から政府は「住宅は住むためのものであり,投資のためのものではない」との考えを打ち出し,住宅政策はこれまでの促進から抑制に変化した。2020年に「三本のデッドライン」(契約金や預り金を除いた資産負債比率は70%以下,純負債比率は100%以下及び現金—短期債務比率は1以上)が発表され,銀行借り入れと債券発行は一層難しくなりデベロッパーの資金調達は厳しい冬を迎えた。更に,今年の2月に住宅建設省,中国人民銀行と銀行保険業監督管理委員会が共同で「商品住宅購入前払い資金使用監督に関する意見書」を発表し,住宅購入前払い資金使用の監督を強化した。その結果マンション引き渡しの遅れが表面化し社会問題になった。

 政治局の号令に従い,関係地方政府はあの手この手を使って工事に必要な資金注入に工夫してきた。中央政府も政策の調整に動いた。8月22日に,上海コール市場の貸出報告金利(LPR)が0.15%引き下げられ,住宅ローン金利も相応に引き下げられた。9月29日に,中国人民銀行と銀行保険業監督管理委員会は共同で,「前年比,前月比ともに住宅価格が下がる都市」の政府に対して,1件目の新築住宅ローン金利下限の引下げを許可する通達を出した。9月に,政策金融機関向けの中国人民銀行担保補充貸出(PSL)は二年ぶりに増加に転じ,1082億元増加した。その貸出の中身は公表されていないが,多くのメディアは引き渡しが遅れた住宅工事再開のための資金供与に充てられたと報道された。PSLは2014年に国家開発銀行に古い都市インフラ改造資金を供与するために中国人民銀行が作り出した政策ツールである。この経緯から国家開発銀行を含め,政策金融機関は再び引き渡しの遅れたマンション工事再開の任務が与えられ,その資金の供与であると十分に考えられる。

 このように,社会騒動となる目の前の火種を消すために,マンション引き渡しの遅れの原因である資金引締め策は緩めざるを得ない。しかし,一方で「住宅は住むためのものであり,投資のためのものではない」という最高指導部の住宅価格政策に反することは出来ない地方政府は,事態の収拾に手を焼いている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2732.html)

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