世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
台湾を巡る米中戦争の回避ができるのか:英誌『Economist』は何を語るのか
(九州産業大学 名誉教授)
2022.11.07
英誌『エコノミスト』(8月11日付)に特集「如何にして台湾における米中戦争を防ぐのか(How to prevent a war between America and China over Taiwan)」が刊行された。雑誌のカバーにアメリカのパイロットが戦闘機に搭乗し,座席外には中国の軍用機の姿が写されている。米中戦争の一歩前に達した緊張感を表している。ペロシ下院議長の訪台により,中国は台湾を囲んでミサイルの発射を含む軍事演習を大規模にに行った。
『エコノミスト』誌は,アメリカは直ちに戦艦と戦闘機を台湾海峡に派遣し,「台湾政策法案(Taiwan Policy Act)」を通じて,台湾をあたかも「毒針を持つヤマアラシ」のように武装する戦略を構築する,と指摘した。それによって,中国の既存のバランスを崩し,中国の都合の良い新常態(ニューノーマル)を作ることを防ぐと分析している。『エコノミスト』誌は,昨年の特集「世界で最も危険な場所:台湾」に続く,台湾を巡る地政学上の米中衝突が寸前に達した様子を伝えている。本稿は昨年に続いて,この『エコノミスト』誌の概要を紹介する。
最近,米中双方の主張がかけ離れている。繁栄と民主主義を堅持しようとする台湾を取り巻く現状は,米中主張の齟齬によって危険な方向に向かっている。台湾海峡を挟んだ戦争が差し迫った状況には達していないものの,60年以上に続いてきた平和は,不安定で脆く,調和が崩れてはじめている。
8月の,ナンシー・ペロシ米下院議長の訪台を引き金に,第4次台湾海峡危機が勃発した。ペロシ氏は自からの権限で,台湾を訪問し,中国共産党を激怒させた。1997年,ペロシ氏の前任者のギングリッチ(Newton Gingrich)下院議長も訪台したが,中国政府は,アメリカが現状を破壊したと主張したに過ぎなかった。しかし,ペロシ氏が台湾を離れた後,中国は海峡封鎖のリハーサルをするかのように,台湾を取り囲み実弾射撃訓練を実施,台湾に向かってミサイルを発射した。
台湾は蒋介石政権の軍事権威主義国家から李登輝政権以降の自由と民主主義国家へと大きく変貌した。台湾の1人当たりGDPは,中国のそれの2倍以上である。台湾の民主化への移行は,中国共産党政権による統治を拒否する明白なシグナルになっている。台湾の蔡英文総統は,独立宣言こそしないが,民主国家の台湾は中国から既に遠く離れている。「一国二制度」という中国の提案は,香港市民が「50年間不変の約束」の下謳歌した自由を,僅か20数年で破り,圧し潰して以来,“絵に描いた餅”に過ぎない。香港が直面した現実を見て,統一を支持する台湾人は非常に少ない。
アメリカの姿勢も変化するようになった。1950年代に台湾を保護するために2度にわたり介入した後,台湾を防衛する価値があるかと疑問視し始めたことがあった。しかし今日,日米などの多くの国が台湾を信頼できるパートナーとして断固たる支持の姿勢を示している。アメリカは,台湾を直接防衛するという正式な約束をしておらず,代わりに「戦略的曖昧」の政策を採用している。しかし,米中間の対立が強まり,米国の政治家たちは中国に対して強硬な姿勢を見せるようになった。万が一,中国が台湾に侵攻した場合,アメリカが台湾を支援し,参戦することに疑いの余地はない。実際上,バイデン大統領は繰り返し台湾を支持し,参戦すると強調している。
しかし,平和が続くか否かのキーマンは,習近平国家主席にかかっている。中国が豊かになるにつれて,習氏は“偏執狂的なナショナリズム”を育み,外国勢力の手によって中国が受けてきた屈辱を強調した。習氏は,2049年までに台湾を統一するという「中華民族の復興」の目標を掲げた。
アメリカの対中行動はエスカレーションを回避しながらも軍事力で威圧している。アメリカの大陸間弾道ミサイルの定期試験を延期し,ペロシ氏が搭乗した政府専用機は,南シナ海の中国軍基地の上空を回避し,遠回りルートで台湾入りした。非常に危険なのは,この危機を利用して,中国が台湾を自国の領空と領海と見なし,新たなレッドラインを設定することである。また,台湾と世界各国の取引をさらに厳しく制限する可能性があることだ。
中国の目論見の通りにならないよう,アメリカと同盟国は,非戦の前提のもとで威圧することである。アメリカは危機が発生する前に規範の常態化から着手する必要がある。すなわち,直ちに戦闘機や艦船が台湾海峡や中国が領有権と主張する国際水域(公海)を通過するなど,台湾周辺の活動を回復することだ。また,同盟国と持続的に軍事演習を実施し台湾有事に連携し備えるべきである。中国はミサイルを台湾周辺に発射し,より複雑な戦争を引き起こす可能性が高い。そのミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)に着弾したため,日本も危機意識を強めた。
アメリカの対中威圧の目的は,中国に台湾侵略は「ペイに見合わない」と感じさせることである。現在,米議会に提出され審議中の「台湾政策法案」は,台湾により多くの訓練と武器を提供することが盛り込まれた。ウクライナ兵が戦場でより良く効果を発揮できる小型機動性兵器を台湾にも配備するというものであり,高価な軍用装備ではない。台湾を「中国が呑み込むことができない毒針を持つ“ヤマアラシ”」のようにさせることである。そして台湾もウクライナのように,自衛する意欲をもっと示すべきだ。
バイデン政権は中国の侵略を非難すると同時に,台湾の独立を支持しないことを強調している。米議会ではワシントンの台北経済文化事務所を台湾代表処の名称変更に論議がある。『エコノミスト』誌は,その承認よりも実益のある貿易協定を積極的に行うことが大事と主張する。
習近平氏の野望は,氏の権力の掌握が優先的な課題だ(中国共産党第二十次全国代表大会で国家主席の3期目の続投が決まった)。戦争は避けられない場合,ロシアのウクライナ侵攻が苦戦を強いられる教訓を氏に教えると良い。おそらくロシアはウクライナ戦争で簡単に勝利を収めることができないことを,開戦後の今になって知った筈だ。長期にわたるウクライナ戦争が続き,プーチン大統領は国内に破滅的な結果をもたらす可能性がある。アメリカと台湾は,中国の侵略が必ず失敗することを証明する必要はなく,単に習氏に自信をもって勝つことができないと自覚させるだけで十分だ。
[参考文献]
- 朝元照雄「台湾・地球上で最も危険な場所:英誌『The Economist』は何を語るのか」世界経済評論Impact No.2139,2021年5月10日。
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