世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
半導体産業サプライチェーンの解明:供給面からの考察
(九州産業大学 名誉教授)
2022.10.03
半導体は単一の産業ではなく,IDM,ファブライト,ファブレス,ファウンドリ,OSAT,IPコア,EDA,半導体製造装置,原材料など多岐にわたっている関連分野を取り込んだサプライチェーン(以下,SC)を形成している。本稿は,2021年の最新データでそれを分析し,解説する。
IDMとファブライト
IDM(Integrated Device Manufacturer)とは「垂直統合型デバイスメーカー」のことで,自社内で半導体の回路設計から製造工場,封止・検査,販売までの全ての製造工程を持つ統合メーカーを指す。インテル,TI(テキサスインスツルメンツ),サムスン,ルネサスエレクトロニクスなどなどはIDM企業である。ルネサスとは,三菱電機,日立製作所およびNECが経営統合した企業である。
一方,「ファブライト(fablite)」は,自社では大規模な設備投資を行わずに,最小限(lite)の製造規模にとどめ,需要が自社の生産能力を超えた場合,生産を外部企業(ファウンドリーなど)に委託する企業のことを指す。ファブライトでは,STマイクロ・エレクトロニクスが著名だ。同社の前身は,SGS・マイクロエレクトロニカ(伊)とトムソン(仏)の半導体部門の合併企業体である。2021年のIDMとファブライトの売上高は約3660億ドルであり,半導体SCの最大の稼ぎ手である。
インテルは世界最大級のCPU(中央演算処理装置)を製造する企業である。CPUはパソコンの頭脳部と言われる最も重要な半導体であり,インテルは“Wintel”(WindowsとIntelの造語)の重要な担い手である。近年,インテルの技術力はTSMCとサムスン電子に遅れを取り,一部分の半導体チップ,特に画像処理半導体(GPU)などをTSMCに委託するようになった。
ファブレス
「ファブレス(fabless)」とは,工場(fab)を持たず(less),開発と設計のみを自社で行い,ファウンドリ(製造)やOSAT(封止・検査)に委託するビジネスのことを指す。「デザインハウス」とも呼ばれている。ファブレスは少数精鋭の人員をキープし,ファウンドリのように莫大な設備投資が不要なため,特に設備の減価償却や人員の生産管理という煩雑な手間を省くことができる。知的集約型ビジネスを追求しているため,付加価値が高い。ファブレスの2021年の売上高は約1900億ドル(ファウンドリとOSATの売上高を含む)。ファウンドリとOSATの売上高をコストとして差し引くと,ファブレスの「付加価値」は約410億ドルである。
ファブレス企業の世界ランキング(2020年)は,クアルコム,ブロードコム,エヌビディア(NVIDIA),メディアテック(聯発科技),AMD,ザイリンクス(Xilinx),マーベル(Marvell),聯詠(Novatek),瑞昱(Realtek),ダイアログ(Dialog)の順となっている。クアルコムは,スマートフォンの通信システムチップの最大手企業である。NVIDIAはGPUの王者で,画像処理,ゲーム用チップ,自動運転領域で優れた成果を挙げている。ブロードコムはネットチップ,周波数通信チップが強い領域である。メディアテックは通信用チップ,AMDはCPU,GPUの領域でインテルとNVIDIAを追い上げている。近年,AMDはFPGA(購入者や設計者が構成を設定できる集積回路)領域に優れたザイリンクスを買収した。
ファウンドリ
ファブレスから委託製造を担うのが「ファウンドリ(foundry)」である。要するに,ファウンドリ企業とは,半導体チップの専門製造工場を擁し,委託を受け生産する企業を指す。この独創的なビジネスモデルを構築したのが,TSMC(台湾積体電路製造)の創業者の張忠謀(モリス・チャン)である。
世界のファウンドリビジネスの規模は約1090億ドルである。2022年第1四半期のファウンドリ企業ランキングを見ると,①TSMC 53.6%,②サムスン16.3%,③聯華電子(UMC)6.9%,④グローバルファウンドリーズ(GF)6.9%,⑤中芯国際(SMIC)5.9%,⑥華虹宏力(Hua Hong)3.2%,⑦パワーチップ(PSMC)2%,⑧世界先進(VIS)の1.5%,⑨合肥晶合集成電路(Nexchip)1.4%,⑩イスラエル・タワージャズ(Tower Jazz)1.3%の順位になっている。そのうち,TSMC,聯華電子,パワーチップ,世界先進の4社は台湾の企業で市場シェアは67%と,全体の3分の2強を占めている。また,TSMCは線幅7nm(ナノメートル)以下のHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)の市場シェアは84%で,世界で最も注目される企業である。
OSAT
ファウンドリが製造した12インチや8インチのウエハーを後工程の封止と検査を行うのが,OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)だ。1つ1つ爪の大きさのチップに切断し,それぞれのチップにリード線を付け,セラミックスや樹脂で封止(パッケージング)して検査を行い,半導体を完成させるのがOSATの役割だ。
世界の封止・検査ビジネスの規模は400億ドルである。同ビジネスランキング(2019年) を見ると,日月光(ASE,台),Amkor(米),矽品(SPIL,台),長電科技(JCET,中),力成(PTI,台),通富微電(TFME,中),華天科技(Hua Tian,中),UTAC Group(シンガポール),京元電子(KYEC,台),頎邦(Chipbond,台)の順となっている。また,1位の日月光と3位の矽品は合併企業の日月光控股(持株会社)を設立している。市場規模400億ドルのうち,台湾企業は約60%のシェアを占めている。また,TSMCも最新鋭の3D封止技術(龍潭封止工場)を強みに,アップル,インテル,AMD,NVIDIAなどから受注を勝ち取っている。
IPコアとEDA
大規模論理回路の設計で,知的財産権(特許)を持つ設計データを他社にライセンス方式で供与する場合,この設計データをIPコア(Intellectual Property Core)という。ソフトウェアにおけるライブラリーに相当する。IPコアの市場規模は70億ドルに達する。この知的財産権分野の代表は,コンピューティング・アーキテクチャ開発企業のARM(英)であり,市場シェアは約40%で,スマートフォン市場では9割以上である。
過去において,全世界の1800億台の電子製品は,ARMのプラットフォームによって設計された。将来,IoT(モノのインターネット)の進化での差別化が進んだ場合,ARMのプラットフォームは,省エネ分野で最も強みを発揮すると言われている。特に,クラウドコンピューティングからエッジ処理に至るまで,今後10年間に3000億台の電子製品は,ARMを利用すると予測される。現在,ARMはソフトバンク・グループ傘下にある。NVIDIA(米)がARM買収の意思を示したが,2022年4月19日,イギリス政府が国家安全保障などの観点から,買収に懸念を示し,NVIDIAの買収は失敗した。
EDA(Electronic Design Automation)とは,集積回路など電気系の設計作業の自動化を支援するためのソフトウェアやツールである。仮に1つの半導体の設計をLEGOブロックで作る“城”と譬えた場合,“築城”には100個のLEGOブロックで,12カ月を必要とする。しかし,EDAのソフトウェアを購入した場合,そのうちの80個相当のブロックはそれを使い,残りの20%はファブレスが自社で設計すれば済む。その場合,12カ月よりも“築城”の設計期間は大幅に短縮することができる。仮にLEGOを使わない場合,すべてのブロックは自社で開発するしかなく,手間は大幅に増える。EDAの市場規模は約140億ドルである。
この分野において,シノプシス(Synopsys(米))とケイデンス(Cadece(英)の2社で,約3分の2の市場シェアを占める。EDAツールは半導体製造装置に比べればコピーや盗用が容易である。EDAツールの中国への輸出が継続されていることも問題視され,バイデン政権は米中半導体競争において,線幅3nm以下半導体の設計と製造に必要とする最新鋭のGAA(Gate All Around)FET関連EDAの中国企業への供与を禁止した。
半導体製造装置,原材料,その他
2021年,世界の半導体製造装置の売上高は約1030億ドルである。これを販売地域向けに見ると,中国向けの売上高が26%,台湾向けが24%,韓国向けが23%である。中国向けが高く見えるのは,サムスン(西安),SKハイネックス(無錫),TSMC(南京,上海)の中国の拠点に半導体製造工場を設置している。外資が購入する半導体製造装置も中国向けに計上されているためだ。日中台韓の4カ国向けの売上高の比率は合計で約84%に達する。
米・VLSI Researchの調査によると,2020年の半導体製造装置の売上高Top10は,①Applied Material(AMAT)(米),②ASML(蘭),③東京エレクトロン(TEL,日),④KLA(米),⑤アドバンテスト(日),⑥Lam Research(米),⑦SCREEN(日),⑧Teradyne(米),⑨日立ハイテク(日),⑩ASM(欧)である。そのほかに,日系企業は第11位の日立国際電気,第12位のニコン,第15位のダイフクも活躍している。
次に掲げる製造装置では日系企業に存在感がある(括弧内は日系企業のシェア)。コータ/デベロッパ(92.1%),洗浄装置(69.4%),CMP(平坦化)装置(43.6%),ダイシングソー(100%),テスティング装置(64.1%),プロービング装置(95.9%),縦型熱処理装置(89.6%)である。
原材料は620億ドルとその他は約30億ドルである。微細加工研究所の湯之上隆所長によれば,半導体前工程の主要材料における日系企業のシェアは,ウエハー(300mm,56%),レジスト(アルゴン・フッ素(ArF))(87%),レジスト(EUV)(100%),ウエハー用(85%),ウエハー・ラッピング用(93%),ポリSi用(65%),STI用(72%),Cu用(54%),Cuバリア用(65%),CMP後洗淨液(54%),高純度薬液:過酸化水素(62%),アンモニア水(40%),塩酸(56%),フッ化水素酸(83%),ポリマー除去液(15%),イソプロピルアルコール(56%)などである。紙幅の関係で後工程材料とその他は省略する。
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