世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2663
世界経済評論IMPACT No.2663

江西,福建,浙江から発射されたDF-15ミサイル:「解放軍基地」作図者が見た対台湾軍事演習

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.09.05

 8月1日付本コラム(No.2614)で紹介した,Google Mapを使い「中國人民解放軍基地及設施」を作図し,ネットで公開してマスコミから注目された温約瑟(Joseph Wan)君が,台湾の中華電視(CTS)のテレビ番組「三国演議」に招かれた(8月20日にYouTubeで公開)。特に,ペロシ下院議員の訪台後,1週間以上にわたり台湾を囲んで行われた,ミサイル,軍用機,艦船等による威圧に対するデータや意見を司会者から尋ねられた。

ミサイルの発射

 ペロシ氏は8月2日夜,台北松山空港に到着し,3日に韓国に飛び立った。一方,中国人民解放軍は4日午後3時頃,福建省平潭島陣地から遠距離PHL-191ロケット砲弾を発射した。平潭は中国大陸で台湾に最も近い場所であり,「祖国大陸から台湾島に最も近い場所」と書き込んだ大きな立て看板が海岸の近くに設置されている。当初,人民解放軍は台湾を囲んで6カ所を軍事演習海域に指定し,発射の前に新たに1カ所を加えた。

 温君は「中國人民解放軍基地及設施」を用い,平潭島陣地からロケット砲を発射したのは73砲兵旅団(73集団軍)であると指摘した。このロケット砲部隊の駐屯地は泉州洪瀬鎮であるという。

 発射するロケット砲弾は,中国の中央電視台(CCTV)が関連した動画を公開したことがある。飛行距離は55~65キロで,温君曰く,発射地が平潭である証拠として3枚の写真を挙げた。住民がネットで公開したもの(公開情報(source material)の応用)で,ミサイルが飛んだ画面には砂浜,北側に建物,パラソルが写しだされている。背景の画像から平潭の発射と認定できるという。

 ロケット砲弾の発射後,DF(東風)-15弾道ミサイルが江西贛州の61基地616旅団,福建寧徳の613旅団,浙江金華の617旅団の3箇所から発射された。浙江金華市は比較的に遠いが,台湾花蓮東部の第6と第7演習海域に着弾させるためであろう。福建寧徳から発射したミサイルは台北の上空を飛び越えて台湾の東部海域に着弾した。これは日本の排他的経済水域(EEZ)に着弾した5発のミサイルである。CCTVは動画も公開し,発射車両の位置を確認することができた。今回の軍事演習は4日の午後3時から5時8分の約2時間にわたり続いた。兵器の破壊力は大きいが,時間的には短かった。以上は温君が発表した中国の軍事演習と参加した部署の情況である。1995年から96年の第3次台湾海峡危機の時は8カ月も続いたが,今回の軍事演習は僅か数日で終えた。

ミサイルの発射枚数

 「三国演議」の汪浩司会者は,「ネットで人民解放軍は16発のミサイルを発射したと発表した。しかし,台湾側とアメリカ側は11発,日本側は9発を確認したと発表した。なぜこのような違いがあったのか。果たして,何発発射したのか」と尋ねた。これに対し,温君は“11発ミサイル説”を支持すると述べた。

 その理由は,⑴2000年に台湾の新竹楽山には早期警戒レーダー・コンピューターシステム(AN/FPS-115 PAVE PAWS)が設置され,中国からの弾道ミサイルや軍用機を偵察することが出来る。

 ⑵中国側の16発の言い分について,公開された情報が少なく検証することができない。日本側は9発を観測したが,日本には楽山のような「早期長距離警戒レーダー」がなく,台湾西南側に着弾したミサイルを捕捉できない盲点(地球は丸いため)があると考えられる。

 司会者は「日本側が観察された9発のうち5発が日本のEEZに着弾し,ここは台湾と日本のEEZが重なる海域である。なぜこのような事態が発生するのか? もし日本の漁船がその海域で活動していた場合,漁船に着弾する可能性があり,その場合,大事になった筈だ」との問いに対し,温君は「中国側は日本の漁船のことを考えていなかっただろう。しかし,ミサイルが日本のEEZに着弾することは習近平主席の了承を得たはずだ」と述べた。

艦船の封鎖

 温君は「今回,中国の軍事演習は約1週間であり,期間は長くない。しかし,以前と比べると,武器も設備も非常に進歩している。同時に台湾の海軍と空軍の応対能力を試している。報道によると,人民解放軍は艦船約20数艘も台湾周辺海域に派遣した。この数は台湾海軍の一級作戦艦船(基隆級,康定級,成功級)数の20艘に合わせたようである」,「中国側は“海空封鎖作戦”で,台湾を完全に封鎖したと報道した。台湾周辺の航路について詳しい人ならば,台湾周辺の海域を完全に封鎖することは,基本的に不可能であると知っている」,「キューバ危機(1962年10月)の例からも分かる。キューバ危機時,アメリカが封鎖した対象は軍艦のみで,民生用物資の貨物船は対象外としている」と述べた。

軍用機の空域侵入が常態化

 温君は「現在,中国は“漸進的方式”(サラミ戦術)を採用し,絶えずレッドラインを描いて(筆者注:台湾海峡は中国の内海説,“九段線”など),現状変更を続けている。特に,中国の軍用機が台湾海峡の“中間線”を度々超えて,台湾との海峡中間線の存在を無視している(筆者注:8月4日から23日まで計255機が越線)。そうすることで人民解放軍の軍用機に対する台湾の警戒時間を短縮させる意図がある。これを常態化(ニューノーマル)させるのが中国の常套手段である。また,台湾東部の海域での進出が新しい常態化を作り出す。数年前に,台湾の南西部空域は侵入する軍用機は今のように頻繁ではなく,現在も常態化になった」という。「如何にして兵站の後方支援や監視行動,無人機(ドローン)使用の調整は,台湾の軍隊に与えられた新しい課題である」と述べた。

軍事演習の目的

 今回の軍事演習の目的について問われた。温君は「軍事的と政治的の2つの方面から見る事ができる。軍事的目的から見ると,通常,軍事行動やミサイル発射は,兵営から離れて場所で実施する。特に,中国のミサイル発射車両を使えば,移動が簡単である。CCTVの画像を見ると,福建寧徳の61基地613旅団は兵営の入り口の前でミサイルを発射した。ミサイル発射の予備陣地があるにもかかわらずだ。恐らくこれはCCTVに動画作成のためであろう。兵営はそれほどの機密性はないが,相手からのミサイルの反撃を避けるため発射陣地は機密性を高く(公開しない)しているのが通常だ」と述べた。

 (パソコンでCCTVが公開した画像をクリックしながら),「この画像は613旅団の兵営であり,本部駐屯地は「上饒」という場所。今回は寧徳の田舎の兵営から発射した」。(画面を指して),「これは兵営,ここは車庫,車庫の前の道はミサイル発射車両を通行させるために拡張した。兵営の前で発射したことは,政治的宣伝の意味合いが大きいと言える」と述べた。

 また,温君は「政治的目的について,中国側の言い分は,軍事演習の起因はペロシ氏の訪台である。注意すると分かるように,習近平主席や中央政治局トップ7人の常務委員はこの訪台に意見を述べていない。中国政府の論調は“平和統一”で,台湾に対する“統戦”(統一戦線)である。“武力による統一”を論じたのは,基本的に言えば,環球時報の前編集長胡錫進などのクラスの“戦狼”の行為であろう。彼らは“政治的包袱”(政治的な足かせ)が無く,世論に便乗したに過ぎない」と淡々と述べた。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2663.html)

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