世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2589
世界経済評論IMPACT No.2589

ゼロコロナ対策が中国経済に与えた影響

岡本信広

(大東文化大学国際関係学部 教授)

2022.07.11

 多くの先進国がコロナと経済の両立を図る中,ゼロコロナ政策を推し進める中国政府は,4月,5月と上海の都市封鎖(ロックダウン)を実施した。ここでは「南華早報」の報道からどのような経済的影響があったのかをまとめてみよう。

 家計への影響は失業,消費縮小という形であらわれる。4月の公式失業率は6.1%であり,2020年3月の武漢封鎖時のレベルまで悪化した。北京大学とテンセントクラウドの推計では,2020年3月で7.5%,今年6月の調査では11.5%に達するとみている(Lee and He 2022)。また公式データでも16歳から24歳の失業率は18.4%(2020年7月,8月の最悪期でも16.8%)にまで上昇している。

 今年夏の大卒者は過去最高の1076万人を数えるが,彼らの就職状況は非常に厳しい。「招聘」による調査では,就活生の予想賃金は6%下がり,6,711元から6,295元になっている。また4月の採用シーズンでも契約が終わった学生は昨年の18%から15%に減少しているという。同時に,安定を求める傾向から公務員志望も増えており,県レベルの公務員職でも博士号取得者の応募が増加しているようだ(Sun 2022)。

 家計のバランスシートも悪化している。収入減少により家計の負債は増加し,新規の借入は増加していない。すなわち,将来の不安定性から新規にローンを組んで不動産などの購入を控えており,消費を引き締めている(He 2022)。

 企業への影響は国有,民間,外国企業で様々だ。

 中国の重要なエンジンは民間企業である。民間部門は国家税収の半分以上,GDP,固定資本投資,外国投資の60%を占め,都市就業者の8割以上を占めている(Ji 2002)。しかしながら,ロックダウンと原材料の高騰により民間企業は苦境に陥っているが,国有企業はほとんど無傷か順調に発展している。国有企業はサプライチェーンの上流にあるため原材料の高騰によって利潤が増大しているが,民間企業はサプライチェーンの下流にあるので製品価格に反映することが難しい(Ji 2002)。

 企業規模でも差が出ている。中小企業の業績回復の見通しが暗い。上海では業務再開が自動車,ライフサイエンス,化学,半導体など大規模製造業に優先順位が与えられたために,中小企業の再開がかなり遅れた。長い操業停止期間中,中小製造業は,納期遅れ,顧客喪失,注文キャンセル,オーダー発注先の空洞化などの損失を被っている(Jiang and Yan 2022)。

 外国企業も中国の厳しいコロナ対策によりサプライチェーンの再構築を考えている。欧州商工会議所は,上海が2ヶ月間封鎖されていた4月21日から27日の間にアンケート調査を行い,372社から回答を得た。回答者の23%が現在または計画中の投資を中国から移すことを検討していると答えているという。これは2月に行われた年次景況感調査での数値の倍以上,過去10年間で最も高い割合だという。また回答者の4分の3以上が,コロナ対策によって投資先としての中国の魅力が低下したと回答し,3分の1が地政学的緊張のために中国の市場を好ましくないと見ている(Tang 2022)。

 次に,政府への影響をみてみよう。政府として大きいのはコロナ検査の費用である。推計によると中国国内で108億回分のコロナ検査が実施され,総コストが1746億元(260億米ドル)であるという。検査地点の設置や関連備品の調達が新たなインフラ投資だととらえることも可能で,この支出は第2四半期の経済成長率を0.62%ポイント押し上げ,家計消費の縮小が四半期GDPに与える影響を相殺する可能性もあるという(Wang 2022a)。

 ただし地方政府の負担は大きい。2020年には中央政府は追加で1兆元の債権を発行し,地方政府のコロナとの戦いと経済成長への支援を行った。しかし今年はその動きはない。そして,これまでの地方政府が使っていた影の銀行融資(シャドウバンキング)を黙認する動きもあるという(Lee 2022)。そうなると,地方政府の負債が拡大する可能性がある。

 まとめとして,今回のゼロコロナ対策で中国経済にはどれくらいの影響があったのだろうか。北京大学国家発展研究院の徐建国が経済的ダメージを推計している。中国のコロナウイルス発生による経済的影響は,2020年に武漢で発生した第1波の10倍以上であるという。具体的には,都市全体のロックダウンや輸送制限を含め,今年すでに1億6000万人が影響を受け,18兆元(2兆6800億米ドル)のコストがかかっているという。ちなみに,2年前の最初の武漢の発生は1300万人に影響を与え,1兆7000億元の経済損害を引き起こしたと指摘している(Wang 2022b)。

[参考資料]
  • He, Huifeng (2022) ‘Coronavirus: China’s economic slowdown looks like a ‘lifetime of debt’ for some citizens’, South China Morning Post, 26 June, 2022
  • Jiang, Yaling and Yan, Alice (2022) ‘Shanghai reopening: small businesses roll up sleeves to rebuild after lockdown, counting losses and working towards new ‘normal’’, South China Morning Post, 1 June, 2022
  • Ji, Siqi (2022) ‘China’s struggling private firms tasked with lifting nation of out economic doldrums’, South China Morning Post, 13 June, 2022
  • Lee, Amanda(2022) ‘China debt: is Beijing using a ‘shadow stimulus’ to shore up flagging economic growth?’, South China Morning Post, 7 May, 2022
  • Lee, Amanda and He, Huifeng(2022) ‘Coronavirus: China’s jobless rate could reach 2020 levels unless Beijing ‘learns’ early pandemic lessons, experts say’, South China Morning Post, 11 June, 2022
  • Sun, Luna (2022) ‘For China’s elite graduates, career dreams take a back seat to stability in coronavirus-hit job market’, South China Morning Post, 15 June, 2022
  • Tang, Frank(2022) ‘China’s coronavirus controls top concern for European firms, who may ‘vote with their feet’ if uncertainty persists’, South China Morning Post, 20, June, 2022
  • Wang, Orange(2022a) ‘China GDP: nearly 11 billion Covid tests seen giving economy a US$26 billion boost in second quarter’, South China Morning Post, 13 June, 2022
  • Wang, Orange (2022b) ‘Coronavirus: economic toll of China’s latest outbreak ‘10 times more severe’ than Wuhan in 2020’, South China Morning Post, 10 May, 2022
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2589.html)

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