世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2558
世界経済評論IMPACT No.2558

戦争の経済的帰結

高屋定美

(関西大学商学部 教授)

2022.06.06

 ケインズが第1次世界大戦の敗戦国であるドイツに対して課された法外な賠償請求を批判したことで有名な『平和の経済的帰結』の最終章で,戦勝国による賠償金の大幅削減とともに,ドイツ企業の復興に期待を寄せていた。革命後間もないロシアを欧州につなぎ止めるには,ドイツ企業がロシア経済に介在する必要があると見ていた。すなわち,ドイツを経由し,経済制裁を緩和してロシアとの貿易が欧州経済復興に資するというケインズの見立てが示されている。第1次世界大戦後,欧州の平和が回復したとしても不完全な通商・金融体制は,欧州全体の経済復興を遅らせ,そのことが新たな対立の火種になることを危惧したのであろう。ケインズの中にあった平和(the peace)は各国が経済的に連結し,人々の生活が平穏な状態であった。(あえていえば第1次世界大戦前の欧州のような経済的格差を前提とした資本主義社会とは異なる状態を想定していたであろう)。その真の『平和の経済的帰結』をもたらすには,戦勝国の寛容さによる通商関係の再構築が必要になることを訴えたかったといえる。しかし,歴史を振り返れば,ケインズの主張とは異なる意思決定がなされ,グローバル化の適切な再構築は失敗し,第2次世界大戦へと向かう伏線を切ることはできなかった。

 翻って現在,経済グローバル化に組み込まれていたはずのロシアによるウクライナ侵攻は継続され,戦争のゆくえはまだ見通せない。その一方で,この戦争がこれからの国際経済秩序を変化させる契機になる。近年,経済のグローバル化には多くの批判が集まっていた。新自由主義的な経済原理の拡大であるとか,突出した国際金融取引の拡大による金融危機の伝染であるとか。たしかに,グローバル化は多くの問題をはらんでいる。その中で,ウクライナ侵攻前後によく見かけるグローバル化への批判は,経済安全保障の観点からのものである。実際,経済安全保障という観点で,国家が通商関係を制限することが正当化されつつあり,また企業も自社のサプライチェーン維持のため,自国に生産拠点を回帰させようとしている。冷戦以降に旧共産圏を巻き込んだ経済的相互依存を,経済安全保障という理由で,対中関係も含め,急速に見直そうとしている。

 ロシアによるウクライナ侵攻は,今までの経済グローバル化を前提とした国際経済秩序を変貌させる契機になろう。経済的相互依存が地域の安全保障を維持できると想定していた人々も,今回のロシアの行動によってそれが裏切られた。各国が経済安全保障に走ることで,新たな分断が世界に生まれるのであろうか。そして,その分断が安定した国際経済秩序を保証するのであろうか。ここで,先のケインズの警句がよみがえる。適切なグローバル化を組み込んだ国際経済秩序が,これからも必要ではないだろうか。たとえ異なる価値観を持つ国家に対しても,通商・金融関係の道を開いておくことも大切なのではないだろうか。分断が固定された国際秩序は,どの国にとっても豊かさや,安全さえも与えないであろう。今回の「戦争の経済的帰結」が,新しいブロック経済というのでは,誰にとっても不幸な帰結ではないだろうか。分断された世界経済での新しい国際経済秩序を模索するよりも,分断を回避しつつ,安定した国際経済秩序を探すことが建設的であると思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2558.html)

関連記事

高屋定美

最新のコラム