世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3748
世界経済評論IMPACT No.3748

ドイツ総選挙結果とEU

高屋定美

(関西大学商学部 教授)

2025.03.03

 2月23日のドイツ総選挙では,からくも中道政党キリスト教民主同盟(CDU)が勝利し,中道左派の社会民主党(SPD)との連立が現実味を帯びている。それが実現すれば,ドイツ議会でこれらによる与党がわずかながらでも過半数を占め,安定した政権運営を担えることになる。

 ただし,極右政党ドイツのための選択肢(AfD)が第2党へと躍進し,前政権であるSPDと緑の党,そして自由民主党(FDP)による移民政策,経済政策などへの不満を受け皿となった。フィナンシャルタイムによれば前回選挙からの伸び率が最も高いのが,やはりAfDであり,次に左翼保守党とも呼ばれるザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW),CDUと姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU),そして左派党(Left)とつづいた。前政権の批判票が多いのは当然ではあるが,AfDと同様,若い有権者が左派党(Left)にも投票をしたことで,左派党の得票数も伸ばしている。すなわち,従来の中道政党から左右に分かれた選挙民による投票行動の構図が浮かび上がる。AfDとBSW,Leftをあわせて約20%の伸びを示した。また,これらの政党で全投票数の34.5%を占めるに至った。

 すでに多くの論評が指摘するように,前政権の失敗,特にエネルギー政策と移民政策への不満が選挙結果に影響を与えている。ユーロ導入直後,ドイツ経済は苦境に立たされたものの,安価なエネルギーをロシアから輸入し,成長著しかった中国に輸出するという成長モデルが2022年から崩れ,高いエネルギー価格に直面した企業と家計の経済不振が発生した。その経済的不満が移民・難民に向く傾向が強くなってきたことが,総選挙の結果につながったのであろう。ドイツ経済,特に製造業の不振は長期化しており,設備稼働率も低下傾向にある。また,これを受けてドイツ金融機関の企業向け融資基準が厳格化されており,企業倒産も増加傾向にある。ウクライナ戦争の長期化がドイツ経済の不振を長期化しているともいえる。

 経済不振に端を発して政治状況が左右にふれることとなったドイツ経済が抱える大きな課題が,一昨年から議論されてきた「債務ブレーキ」改革の行方である。ドイツの憲法にあたる基本法に定められた債務ブレーキをより柔軟なものにできるかどうかが,喫緊の課題であろう。米国との国際関係上,そしてウクライナ支援の継続のためにもドイツ政府は国防費の増額を進めなければならない。しかしAfDは債務ブレーキを柔軟にする改革には反対の立場である。またLeftは国防費の増額には反対の立場であり,双方とも債務ブレーキの改革には反対となる。長年,債務ブレーキはドイツの財政均衡を維持し,その思想は安定成長協定を通じて,EU加盟国の財政均衡主義にも波及してきた。ユーロ危機の際には,そのブレーキによってギリシャ経済を縮小させ,またギリシャからEUへの支援要請にも十分には答えなかったという効果があった。

 ウクライナ支援とトランプ政権からの要請により,今後,EU,そして加盟各国は国防費の増額に直面する。ドイツだけでなくEUも財政規律を緩和するための措置を検討することとなる。共通予算としてEU国防費を計上することになるのか,それとも加盟国財政の中で計上するのかも課題である。報道によれば,英国と欧州連合(EU)の間で,国防費の確保のため軍事費調達のための資金プールを共同で作ることも検討にあるようである。おそらく,その資金プールにEUおよび加盟各国からの出資だけでなく,EU共同債の発行による資金調達も視野に入れているであろう。新型コロナ感染拡大による不況からの経済復興のための,一時的な措置として共同債が発行されたものの,軍事費調達のためにその措置の転用と継続が行われるとは数年前には想定されていなかった。

 EUでは1950年代の欧州防衛共同体(EDC)のように,共通安全保障に関する構想はいままでも提案されており,現在のEUによる共通安全保障防衛政策の枠組みが実現してきた。その中で,たとえば欧州理事会の指揮下にある平和維持を目的とした多国籍軍である欧州連合部隊(EUFOR)も存在する。しかし現在のEUは,NATOとの関わりもあり,安全保障に関する共通予算や,欧州防衛のための共通した欧州軍といったものを保持していない。しかし,トランプ政権下の米国と向き合う中でEUの共通安全保障もあり方も変化させざるをえない。多極化しようとする国際秩序の中で,EUがどのような責務を果たすのかが問われよう。一方で,国内基本法に定められた債務ブレーキをドイツの新政権が緩和できなければ,国際秩序変化の対応に対するブレーキにもなろう。

 無論,EUでの軍事費の増加は本来なら望まれることではない。そのことが近隣諸国のさらなる軍事費の増加を促す軍備競争を招きかねないからである。しかしバルト諸国やスカンディナビア諸国のように自国の安全保障を懸念するEU加盟国にとってはやむを得ない措置ともいえる。その措置が新たなドイツ政権による政策によっても左右される可能性が高まっており,ドイツの総選挙の結果がEUの安全保障政策に影響を与えかねない状況が続く。それとは別に,経済からの視点としてはEU加盟国の防衛重視の財政支出によるEU経済・景気への影響も見逃せない。その点についてはあらためてふれたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3748.html)

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高屋定美

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