世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ゼレンスキーとバイデン,次第に近づく両者の立ち位置
(関西学院大学 フェロー)
2022.06.06
明時代の中国人,洪自誠(こう・じ・せい)の書いた警句風の語録(菜根譚)によると,議論することと,実行することとは,底通する原則が全く逆だそうな…。その書曰く,「事を議する者は,身を事の外に置き,利害の情を尽くすべし」(客観的分析)。対して,「事に任ずる者は,身は事の中に置き,利害を忘れるべし」(主体的拘り)とのこと…。ウクライナの指導者の“したたかさ”は,この相容れない両者を,出来るだけ両立させようとする,主体的対応者の側の,際限のない拘りから派生している。つまり,今のゼレンスキーの心中を推し量れば,「客観的に分析して,不可能と思われる状況下でも尚,我,何をなし得るか」の一念に凝り固まっているのだ。
一方,支援を求められる側の,バイデンのアメリカは,言わずと知れた,移民の国。嘗て1960年代前半のケネディー政権で,大統領たる兄の下,司法長官を務めたロバート・ケネディーは自著“A Nation of Immigrants”の中で,「米国民の先祖を遡れば,皆,移民に突き当たる」と書いた。そんな成り立ちの社会故,米国で内政上での正当性を主張するには,“普遍的価値”の追求・実現をもっぱらの尺度とするしかないのだ。
その米国が,第一次大戦後,国際社会にデビューする。時の大統領ウイルソンが掲げたスローガンは,「米国は理念の灯台たるべし」というものだった。こうした米国の立ち位置を,山本七平は嘗て,「米国外交政策での外への普遍性の主張は,つまりは,内への統治の正当性の主張なのだ」と喝破してみせた(『日本は何故外交で負けるのか』さくら舎刊)。
1960年代前半(米国が最盛期だった頃),民主党のケネディー・ジョンソン政権下で,青年期を過ごしたバイデンは,謂わば,穏健・民主の精神が骨の髄まで染み渡っている。
勿論,60年代の普遍的価値(公民権法成立の時代)と2020年代のそれ(所得格差の拡がりや選挙制度の在り方,改めての中絶議論の再燃等など)が,違っているのは当然だが,それでも専制への拒絶感や自由を求めて戦う民衆への共感感情は変っていない。だからこそ,ゼレンスキーの心理と,次第に一体化するバイデンの共感,という構図が実現するのだ。
米国の外交戦略には,ある種の息の長さが感じ取られる。インテリジェンスの専門家,春名幹男氏はいう。「仮に,8年前(クリミア併合時)に,現在のようなウクライ東南部州侵攻をロシアが企てていれば,プーチンの想定通り,48時間以内に勝利を収めていただろう」。では,8年前と現在とで,何が違っていたのか…。
2014年のクリミア半島併合後,ウクライナでマイダン革命が発生,国の主要行政機関から親ロ派が一掃された。その粛正は,ウクライナの諜報機関(SBU)にも及び,その間隙を縫って,SBUに米国のCIAの影響力が浸透していた,というのだ。結果,2015年には,CIAの特殊部隊が,ウクライナの特殊部隊を訓練するまでになっており,昨年9月には,NATOの平和のためのパートナーシップ演習に,ウクライナ軍が参加,ロシアの侵攻が案じられ始めた昨年末には,米国はアフガニスタンから撤収した武器類をウクライナに搬入,更に,米英の専門家がキーウに派遣され,防空システムの評価を行なうなど,今にして思うと,ロシア侵攻に備えるための手を,米国が予め打っていた様が明白となってきている。
しかし,だからといって,ロシアとの関係で,米国・ウクライナの側の優位が,即,顕在化していないのも,戦争の冷徹な実相だ。ウクライナの反転攻勢が,世界のマスコミなどが当初描いていた日程より,かなりずれ込んでいるし,亦,状況はかならずしもウクライナに有利ではなさそうだ。それは,ある意味,当然だろう。ロシアが総力を挙げて,しかも一点集中的に,特定の標的を攻め始めたのに,ウクライナには,それを迎え撃つ兵力も火力も十分ではない。そして,何よりも,戦場となる地が平坦すぎて,奇襲攻撃にも向いていない。
ロシアは亦,特定地域の占拠に戦略目標を切り替え,その地の攻囲と,その地でのウクライナの敵対力を削ぐことに集中し始め,今のところそれが奏功しているように見える。だからこそ,ウクライナは,一層の攻撃用兵器の供与を米国に求めるようになっているのだが,そこがバイデンの頭の痛いところ,射程距離の余りに長いミサイル(故に,ロシア領の奥深い処まで射程距離が伸びる)をウクライナに供与しようものなら,米ロ関係の緊張は一気に高まり,後戻り出来ない状況の出現すら想定されるからだ。
となると,現在実行中の,当該地攻撃・占拠が完了した後,ロシアがその事実を以て,一方的停戦を宣したら,ウクライナはどう抗するのだろうか…。或は逆に,ロシアの停戦宣言は,どの国によって担保されるのだろうか…。こんなこと等を考えると,実質的な意味で,米国に交渉の出番が回ってくる時期が,そろそろ迫ってきているような気がしてならないのだが…。
- 筆 者 :鷲尾友春
- 地 域 :アングロアメリカ
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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