世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本貿易構造の行方
(杏林大学総合政策学部 客員教授)
2022.05.02
円安が止まらない。ドル円為替レートは今年1月中旬の115円が4月中旬には125円と,約3カ月で10円の円安となった。円安の要因には各種の状況が含まれるが,最も大きく影響しているのはインフレ対策としてのアメリカの金利引き上げと日本のゼロ金利政策の格差であろう。ロシアのウクライナ侵攻に伴う天然エネルギー価格高騰と円安が相まって,3月の消費者物価上昇率は前年同月比で0.8%上昇した。デフレからの脱却を目指し2013年以来追求されてきた2%の物価上昇は,奇しくも実現されようとしている。
為替レートが貿易構造に与える影響は,ドル円レートよりも,総体では実質実効レートが主流であろう。国際決済銀行(BIS)の実質実効為替レート(60カ国・地域ベース,2010年=100)指数は,2010年以降2012年までほぼ100で不変であったものの,2013年は79.7,その後も2010年代は70代の数値が続き,2021年10月以降は月別数値で60代のレベルに低下し,2022年3月は65.1であった。この間,2013年4月には「量的・質的金融緩和」(いわゆる異次元緩和)が日銀で実施され,名目レベルでの円安が進行した。さらに年率2%を目標とする物価上昇が実現せず,デフレ収束レベルで留まっていたこと,製造業による海外生産の拡大(国内全法人ベースで1995年9%,2010年18.1%,2019年23.4%,海外事業活動基本調査による)やエネルギー価格の高止まりなどが外貨支払いを増加させ,あるいは外貨収入の円転換(外貨売り円買い)を縮小させるなど,実質実効レベルでの円安を継続させていた。極言すれば,実質実効レートでの円安は2013年から10年近く継続しているのであり,昨今の円安はあまり社会的に問題視すべきではない。
ところで実質実効レートの長期的傾向は,貿易額ウェイトの長期的変化の問題や為替介入や管理フロートの問題を無視すると,2022年3月現在の65.1は1970年代前半の数値に近い。この頃は固定相場制から変動相場制への移行期であり,ドル円レートでは1ドル275円~300円程度であった。当時は輸出の主導的役割を果たした製造業がGDPに占める比率は35%程度,現在は20%程度に低下している。また高度経済成長を果たし,一人当たりGDPや人口が継続的に増大していた時代と,低成長,少子高齢化の人口減少社会の今日では円安のインパクトは様変わりする。円安による負担増としては化石燃料の輸入価格が注目されるが,近年海外依存が拡大している分野は衣料品,食品,家具,エアコンなどの家電製品,ノートパソコンやタブレットなど枚挙にいとまが無い。
1984年の年次経済報告(いわゆる経済白書,経済企画庁:現,内閣府所管)では「国際収支段階説」を取り扱っており,当時の日本は第4段階の「未成熟の債権国」から第5段階の「成熟した債権国」への過渡期と分析されていた。国際収支段階説の現実世界への適用は議論のあるところではある。しかしその説に従えば,貿易・サービス収支の赤字,経常収支の黒字減少,金融収支の黒字など,現在はまさに「債権取り崩し国」への過程を進んでいる。当時の年次報告では,「債権取り崩し国」に向かっていたイギリスは北海油田によって,またアメリカは世界通貨たるドルの地位強化によって,その歩みを止めた様に表現されている。
2022年4月現在,コロナ禍の世界では,経済活動が復活しつつある。「債権取り崩し国」に向かいつつある日本の歩みを止めるものは何か。現時点では,円安を背景にしたインバウンド需要に他ならない。2018年~2019年の訪日外客数は3100~3200万人であったが,2020年には400万人,2021年には25万人とコロナ禍で極端に減少している。日本も世界に遅ればせながら,入管制限を緩和しているが,そのスピードは周回遅れ以上だ。訪日外客とコロナの蔓延防止対策,マスク文化格差の共存,換気設備や空気清浄機などのパッシブなコロナ対策など,インバウンド需要に向けての国民的議論や政府対策が切望される。
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小野田欣也
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