世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2512
世界経済評論IMPACT No.2512

レーニン・スターリン主義を継承するプーチン

末永 茂

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.04.25

 4月19日にウクライナ侵攻直前の「プーチン大統領のテレビ演説(2月21日付)」が,NHKより全文公開された。ソ連邦の建国は1922年であるから,今年は100周年に当たる。この年にヨーロッパにおいて,第二次大戦後最大規模の紛争が展開している。この先の世界情勢はどのようになるのか,世界市民は例外なく不安に陥れられている。ソ連社会主義の実態は「自由や平等の王国」とは無縁な,共産党と秘密警察が支配する政治統制の国家であったことは今日,誰でも承知している。それ故,ソ連崩壊後直ちに周辺国から脱落・分離独立の動きが顕在化した。

 ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』でスターリン主義とナチズムは全体主義の双璧であるとしている。当時のヨーロッパ大陸の戦況を見れば当然の指摘であるが,マルクス主義者はナチス政治経済とソ連社会主義は本質的に違っており,アーレント説は一面的だと出版当時から批判する者が多かった。しかし,これは社会主義への過剰な期待感と第二次大戦の勝者への賛辞でしかなかったと考えられる。これを的確に例証する逸話に,スターリンはヤルタ会談でルーズベルト大統領にベリヤを「うちのヒムラーです」と紹介したといわれている。ベリヤはソ連・スターリン主義体制を支える中枢であり,KGBの基盤を創設したプーチンの大先輩である。社会変動が急激で大規模になればなる程,統制は避けられなくなるが,それを長期間にわたって維持することは危険である。

 統制の弊害は産業面でも顕在化する。チェルノヴイリ原子力発電所の事故は先端産業に欠かせないコントロール技術開発が,未発達であったことが原因だったとされている。ソ連の工業技術は押し並べてローテクで,非効率な産業社会を国内全般に於いて形成してきた。ベルリンの壁崩壊後,旧東ドイツ産業技術の低レベルが白日の下に晒されたことは,記憶に新しい。ソ連型中央計画経済を市場経済システムへ刷新することは極めて難しい。ロシア封建領主的社会をソビエト型に変形するだけでも,多大な国家的犠牲を伴った。そして,ソ連崩壊後の自由社会への転換も同じように,莫大な人的エネルギーが投入されなければならなかった。こうした歴史過程を見れば,ウクライナや周辺国は自由を求めるのは当然であり,プーチンの強権的政治体制には従いたくはない。

 旧社会主義諸国の経済システムの惨状は,次のプーチンによるウクライナ非難の演説から明らかである。

 「(ウクライナは)ソビエト時代だけでなく,ロシア帝国からも受け継いだ遺産を,浪費し,盗んだからだ。ロシアとの緊密な協力もあったおかげで,人々に安定した収入を与え,国庫に税金をもたらしていた数万,数十万という雇用が失われた。機械製造,機械製作,電子産業,造船,航空機製造などの分野は,低迷しているか,もしくはすっかり崩壊してしまった。かつてはウクライナだけでなく,ソビエト連邦全体の誇りであったのに」(演説より抜粋)。

 こうした現象は西側の指導による経済・技術協力等の諸結果だ,とプーチンは演説している。しかし,市場経済に向けた改革は容易ではない。東西ドイツ統合後30年を経ても,なお旧東ドイツは「一流国民にはなれない」と自覚している。長期間に及んだ社会主義的労働慣行の体たらくを市場経済的に刷新することが,如何に難しいかを物語っている。プーチンはウクライナを非難するという意図にも拘らず,無自覚にもロシアを「二流民族」とあえて世界に発信してしまっている。

 この演説はロシア産業経済そのものの構造的欠陥を示唆している。質素倹約で市民が相互に分かち合う「貧しいながらも,楽しい我が家」ならまだしも,秘密警察に常に監視されている抑圧的な社会などご免被りたい,というのがロシアと周辺国の国民・市民の本心ではないだろうか。監視下の労働者の意識や精神は,自発的活力を引き出せないだろう。国民挙げて「指示待ち労働者」だけでは現代産業を担えないことを,プーチンやロシア指導部,中間カードルは認識しなければならない。そして,その結果としての政治的自由=分権的統治形態への移行も容認しなければ,新しい産業社会に脱皮できない。しかし,プーチンの最終的な政治目的や国家構想はどのようなものなのか? TV演説では全くその真意が見えないのである。古今東西,強制による社会を好むのは,例外なく一部特権階級のみである。

 それ故,彼の末路はベリヤと同じ運命しか残されていない。しかしながら他方に於いて,国際社会が最も留意しなければならない難問は,ロシアや帝国的国家の崩壊過程で全国土が内戦状態に突入することである。プーチンには独裁政治や統制経済を,抜本的に改革するために,『資本論』やレーニンの著作を逆様にして読む読解力が求められている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2512.html)

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