世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2500
世界経済評論IMPACT No.2500

EUの新たな資源依存リスクとサーキュラー・エコノミー

蓮見 雄

(立教大学経済学部 教授 )

2022.04.11

ベルサイユ宣言―見落とされている重要な論点

 2022年3月11日,EUはベルサイユ宣言を採択し,①防衛力強化(軍事的安全保障),②域外へのエネルギー依存解消(エネルギー安全保障),③EU経済の戦略的自立(経済安全保障)の3つの方針を示した。これは「ロシアの侵略戦争は欧州の歴史における構造的転換」との認識によるものである。ベルサイユ宣言に関する報道を見る限り,①②の点について紹介するものは多く見られるが,総じて③の取り扱いは小さいか,あるいは割愛されている。ウクライナ戦争の状況を考えれば,それは当然かもしれない。しかし,EU経済の将来を考える上で決定的に重要なのは,③のEU経済の戦略的自立である。なぜならば,脱ロシア依存は2つの点において新たな資源依存リスクを伴っているからである。なぜだろうか。

ビジネス文書としての「欧州エネルギー安全保障に関するEU米国共同宣言」

 第1に,①防衛力強化は,経済的なコスト負担の増加を意味する。第2に,2021年時点で45%をロシアに依存している天然ガス輸入を2030年よりもかなり早い段階(2027年)で他の供給源に代替することは,価格が高騰している中で大きな経済負担となる。2022年3月25日の「欧州エネルギー安全保障に関するEU米国共同声明」によれば,米国は2022年に150億m3のLNGを供給する努力をし(will strive to ensure),EUは2030年までに米国産LNGの500億㎥の需要を確保することになった。これにより年間1,550億㎥のロシア産ガスに対する需要の3分の1を米国産LNGに切り替える目処がたった。とはいえ,米国が2022年に150億㎥を供給するというのは目新しいものではなく,これまでの実績を考えると控えめな数字であることがわかる。2019年,20年,21年の実績は,142億㎥,187億㎥,222億㎥であった。つまり,米国は欧州向けLNGを大幅に増強するとは言っておらず,最低限これまでの水準は維持する努力はする,としただけなのである。

 実は,欧州向け米国産LNGの輸出が本格化するのは,2018年7月のトランプ前米国大統領とユンケル前欧州委員長の貿易交渉をめぐる会談後のことである。これは,米国の売り込みと供給源の多角化を図りたいEUとの利害の一致によるものである。これに加えて,欧州のガス価格が他地域より割高であったことから米国産LNGのEU向け輸出が増加し始めた。とはいえ,2020年後半には急減した。厳冬に見舞われたアジアのガス価格が高騰したため,LNG船が欧州からアジアに向かったからである。2021年秋に欧州ガス価格が高騰すると,LNG船は再び方向を欧州に切り替え,EUの米国産LNG輸入が増加した。

 共同声明でも,米国は供給を確約したわけではなく,市況によって対応を変える余地を残している。「価格フォーミュラは,市場のファンダメンタルズと需要と供給の安定性を反映すべき」というのは,EU側が確実に買うということを意味し,「価格フォーミュラにはヘンリーハブその他の安定化要因を考慮する」とあるのは,可能な限り安価にというEUの願望を反映している。つまり,米国から見る限り,この共同宣言は,政治文書ではあるが,ビジネス文書としての性格を帯びている。いずれにしても,これはEUがロシアのパイプラインガス依存から米国のLNG依存に変わっていくことを意味している。

EUの新たな資源依存リスク

 1968年からウクライナ戦争前まで半世紀に渡り,ロシアは安価で安定的な信頼できるガス供給国であり,2018年には50周年を記念してオーストリアから感謝状を贈られたほどである。2022年4月5日時点でもロシアから欧州へのガスは滞りなく流れてはいるが,ルーブル決済でなければガス供給を停止するというプーチン大統領の発言は半世紀をかけて確立してきた信頼を台無しにしてしまった。EUは脱ロシア依存を決意し,これはEU市場に依存してきたロシアにとっても大打撃だが,EUにとっても,安価で長期安定的なガスを失い,より高価で価格変動の激しいLNGに依存しなければならず,大きな経済負担となる。

 2022年3月3日に国際エネルギー機関(IEA)が公表した「EUの天然ガスのロシア依存削減のための10の計画」のレポートが指摘するように,ありとあらゆる手立てが必要となっている。2021年秋のガス価格高騰をきっかけに,EUはガスと原子力をタクソノミーのグリーンリストに加える修正案を提出していたことは,現状を考えれば幸いであった。とはいえ,エネルギー安全保障は30年先を見据えた選択が必要である。ウクライナ戦争で原発が有事の際のリスクになることが露わになった。安価なガスの調達が困難となり,石炭の利用拡大さえ考えなければならなくなるとすれば,気候中立の実現は遠のく。

 であるならば,EUが進めてきた欧州グリーンディールを加速すれば良いではないかと言う説が出てくることになる。確かに,2021年に公表された一連の強化策Fit for 55に基づくシナリオでは,風力,太陽光,バイオ燃料の劇的拡大によって,ガス需要は激減するはずである。

 ところが,拙稿「欧州グリーンディールの隘路」『世界経済評論』(2022年3-4月号)で論じたように,再エネやEVの発展,及びそれに不可欠なデジタル技術の需要拡大は,クリティカル・ローマテリアルズ(CRMs)と呼ばれる重要な鉱物資源をもち,関連する技術・部品を製造している中国への依存を強める可能性が高い。EVシフトや再エネ拡大とともにCRMsなど資源価格は急速に値上がり始めていた上に,対ロシア経済制裁で供給不足が懸念され劇的に高騰している。この新たな経済安全保障問題への対応が必要であるからこそ,ベルサイユ宣言の3つの柱の一つにEU産業の戦略的自立が組み込まれているのである。

 このもう一つの資源依存リスクを脱するために打ち出されているのが,欧州新産業戦略である。これは,グリーンとデジタルへの移行は「競争の本質に影響する地政学的プレートが動く中で生じる」と指摘し,あたかも今日の事態を予想していたかのようである。同戦略は,産業界を総動員し脱炭素化に向けた産業ごとの移行経路を具体化することを目指すものであり,特にCRMs,バッテリー,水素,原薬,半導体,クラウド・エッジコンピューティングの6分野について機動的な官民連携と「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」による支援が進められることになった。関連して,2021年から米EU貿易技術評議会(TTC)が開始され,輸出管理,AI,半導体等に関する協議が始まっている。ただし,これらの試みは,いずれもまだ始まったばかりで,さしたる成果をあげていない。

経済安全保障としてのサーキュラー・エコノミー―「廃棄物」から「資源」へ

 こうした域外への資源依存,技術依存を適正にコントロールしつつ産業の戦略的自立性を維持することが,すなわち経済安全保障を確立することが喫緊の課題となっている。しかし,経済安全保障をめぐる議論は先端技術の確保に話題が偏り,デジタル化,グリーン化が,使用済みバッテリーなど大量の「廃棄物」を生み出すことを忘れがちである。既によく知られているように,携帯など電子機器や家電製品は「都市鉱山」とも呼ばれる資源の宝庫である。EUが追求しているサーキュラー・エコノミーは,持続可能な経済発展という理想を目指しているだけではなく,これまで「廃棄物」として経済活動から除外されて物質を「資源」として見直し,良質の二次原材料を抽出し,経済の「静脈系」の新たな商流を生み出そうとする試みであり,EUは既に製品規格や市場のルールづくりに着手している。長期的に,再生可能エネルギーの発展とこの新たな市場のフロンティアの開発に成功すれば,それは域外への資源依存を脱する究極の経済安全保障となるだろう。しかし,その道のりは遠い。

[付記]
  • 本稿は,市村清新技術財団地球環境研究助成に基づく研究成果の一部である。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2500.html)

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