世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中ロパートナーシップの神話
(立教大学経済学部 教授 )
2023.11.13
ロシア経済の中国依存
国際通貨基金(IMF)によれば,厳しい経済制裁にもかかわらず,2023年にロシアは2.2%経済成長する見込みである。AppleやSamsungのスマホは,Xiaomiやrealmeといった中国ブランドに置き換わり,ルノーやVWに代わって,奇瑞汽車(Chery)や長城汽車(Great Wall)が急増している。メルセデス・ベンツ,BMW,レクサスといった高級車は軒並み低下し,中国の高級ブランドExeedが新たにシェアを獲得した。国産のラーダやワズも堅調だ。ワズのクラッシックは,レトロでポップなデザインで人気を博している。
経済制裁で,ロシアは,欧州エネルギー市場の多くを失い,工業製品の輸入も激減した。しかし,プライスキャップの影響もあり割安になったロシア産原油を中国やインドが購入し,割高となった中東からの輸入を減らした。エネルギーを大量に必要とする国々が,割安な石油を購入するのは通常の市場取引である。これをもって,インドや中国がロシアを支援しているというのは一面的な評価である。なぜなら,両国が中東からの購入を減らした石油が,中東から欧州に向かい,結果として欧州諸国をも支援しているからである。
今や,ロシアの人民元建ての輸出は3割,輸入は4割,FX市場では86%だったドルが35%になり,人民元に追い抜かれてしまった。だからといって,日常生活に支障が出るわけではない。物価は高いが,住宅ブームで固定資本投資も伸びている。
ロシアは中国の「属国」?
こうした中で,ロシアが中国に「従属」し「属国」となるという言説が流布されている。その根拠とされるのが,両国の経済力の非対称性である。ロシア経済の規模は中国の10分の1程度で,2021年時点で,産業用機械・設備(HS84)の3割,精密機器(HS90)の2割,半導体(HS8541)の46%を中国に依存している。ウクライナ戦争後,これらの製品の対ロシア輸出は必ずしも急増したわけではないが,通常の貿易取引が継続している。
しかし,経済的依存と従属は必ずしも同じではない。120あまりの国々とって最大の貿易相手国は中国だが,こうした国々が米国やEUとの同盟関係を結ぶことを妨げてはいない。例えばオーストラリアは輸出の43%,輸入の28%(2021年)を中国に依存しているが,AUKUSやQuadに積極的に参加し,米国主導のIPEFにはインドやASEAN諸国の一部も参加している。また,中央アジアや北極海航路など,中ロの対立の火種は尽きない。とはいえ,欧米諸国との対立が避けがたくなっている中国にとって,ロシアは,経済制裁や欧米の支援を受けたウクライナ軍との戦闘に関する貴重な情報源ともなっている。
元コメルサント紙の記者コロスティコフは,カーネギー国際平和財団ロシア・ユーラシアセンターpolitikaに「ロシアは本当に中国の属国になっているのか?」と題して寄稿している。これによれば,「中国は,ロシアを属国にする機会を得ているが,そうしなければならない説得的な理由はない」。
フランス国際関係研究所のRUSSIE.NEI.REPORTsとして公表されたBOBO LOの論文「中国・ロシアパートナーシップ-仮定,神話,現実」は,中ロ関係に関する言説を「希望的観測」,「恐怖」,「リニア」という重複する3つの物語(narrative)に整理している。
「希望的観測」とは,中ロの公式見解で,ウクライナ戦争によって中ロ関係がより強固になったというものである。しかし,それは,両国間の非対称性の拡大,台湾問題などに対する外交の違い,北極圏をめぐる対立などを過小評価している。
「恐怖」とは,中ロが,ルールに基づく国際秩序を転覆させ,権威主義体制に都合の良いものに作り変えようとしているという認識である。これによれば,ロシア経済の中国依存は,ロシアが「北京の意向と気まぐれに翻弄される従属国家」になり,国際秩序に対する脅威が増すということになる。
「リニア」とは,両国の協力関係は,これまで通り発展していくという見方である。しかし,ロシアの行動はG7の結束を高め,対中国警戒を刺激し,結果的に中国の国益を損なっている。両国の関心,野心,能力が乖離するにつれて,中ロ関係は悪化するかもしれない。重要なことは,「両国のパートナーシップの崩壊が間近に迫っているということではなく,長期的な展望を描くことができない」という点である。
その上で,LOは,(1)中国の行動と(2)ロシアの行動を混同せず,同時に(3)現在進行している危機と(4)長期的な課題をきちんと区別して対処すべきであるとして,次のように述べている。
「中国とロシアのパートナーシップを理解することは,北京とモスクワが提起する課題に効果的に対応しうる政策を発展させる上で極めて重要である。残念ながら,西側の意思決定者は,イデオロギー的,戦略的な固定観念に傾倒しがちである。いまこそ,これらを捨て去り,よりニュアンスのあるアプローチをとるべきである」。「ウクライナ戦争は,中国とロシアをあたかも権威主義者の同盟や「枢軸」として一括りにして扱うことが破綻したことを如実に示している。両国はまったく異なる課題を提起しており,それぞれ別個に対処しなければならない」。「西側の指導者たちは,「ルールに基づく国際秩序」,「歴史の正しい側面」,独裁国家と民主主義国家に分断された世界といった抽象的な概念を排除し,代わりに具体的な行動に焦点を当てるべきである」。
多極化の時代にいかに適応するか
G7を中心とする対ロシア経済制裁が次々と強化されていく中で,2023年8月の第15回BRICS会議では,サウジアラビア,イラン,エチオピア,エジプト,アルゼンチン,UAEの加盟が認められた。拡大BRICSは,世界の名目GDPの29%,人口の46%,石油生産の43%,財輸出の25%を占めることになる。
もちろん,これらの国々は,経済構造も政治状況も全く異なっており,域内貿易も世界貿易の4%程度を占めるに過ぎない。しかし,BRICSの結束は,米国やEUに対する強力な交渉勢力となったことを意味しており,それに呼応してグローバルサウスも次々と声を上げ始めている。
では,厳しい対立をはらむ多極化の現実にどのように適応すべきなのだろうか。先に引用したLO論文は,西側諸国の課題として,「良好な国内統治が国境を越えて影響力を発揮する鍵」であり,「自国の民主主義と法の支配を再生」させ,「競争相手よりも魅力的なグローバル・ビジョンを提供できることをもう一度証明する必要がある」として論文を締めくくっている。
しかし,米国,欧州諸国,そして日本も内部に経済格差に起因する深い亀裂を抱えている。第二次世界大戦後,紡がれてきた国民国家と国家主権の美しい物語が音を立てて崩れ始めている今日,亀裂を深める世界に魅力的なグローバル・ビジョンを示す力が残っているだろうか。
仮に魅力的なビジョンを提案できるとしても,それを具体化していくためには何が必要なのだろうか。ロシアや中国と敵対するにせよ協力するにせよ,その行動に対して効果的に対処するためには,自らが具体的にどのような対応ができるかを考えなければならない。そのために最低限必要となるのは,固定観念にとらわれず,事実を一つ一つ確認し,「可能な限り冷静で客観的に考えるための素材」を共有することであろう。
付記:本稿は,市村清新技術財団地球環境研究助成に基づく研究成果の一部である。
[参考文献]
- 蓮見雄「ロシア経済と多極化する世界(1)(2)」CISTEC Journal, 2023年9月号,11月号。
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