世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
独裁者プーチン,その政権運営スタイルについての一考察
(関西学院大学 フェロー)
2022.04.04
ウクライナ侵攻に至る迄の,プーチン大統領の政治指導ぶりを,各種マスコミの映像で観察していると,おかしなことだらけ。
例えば,初期,フランス大統領を迎えての会談では,二人は,異常に長い長方形の机の両端に座っていた。この種の,距離感を感じさせる席配置は,プーチン大統領と側近たちとの会談でも,大統領とロシア議会の議員たちとの会談でも,全く同じ。
不自然さは,閣議の場でも看取された。それは,対面ではなく,リモート形式での会議だったりするからだ。それぞれが遠隔地にいるわけでもなく,恐らく全員がモスクワにいる。そんな場合でも,リモート会議形式を採用する。そして,この大統領と他の参加者たちとの間を,不自然に隔てるやり方こそ,プーチンの独裁者ぶりを象徴し,且つ,自身が一段と高みに立とうとする意思を化体する。自らの専制の立場を確保し,部下たちには横連携させず,己の意向を組織内に一方的に落とし込む,そんな秩序の創設が具現化されている。
プーチンは,自らを強い指導者と位置づけたがる,そんな性癖の持ち主のようだ。それが,柔道を好み,水泳で筋肉を誇り,バイクを走らせる等の,マッチョなイメージ創りと結びつく。そうしたイメージは亦,精神的タフさを売り込むことで補強される。更に,そんな志向は当然に,偉大なロシアの再現を目指す対外政策と結びつく。つまり,プーチン大統領にとっては,指導者としての自己イメージの確立と,自分が指導するロシアの対外姿勢とが一体化しているのだ。言い換えると,強い指導者としての自己の力で,ロシアの勢力圏と見做す,旧ソ連邦諸国をロシア中心の秩序の中に再び呼び戻し,以て,安全保障面で,それら諸国をロシアの外壁と位置付けようとする。そんな発想の根底では,ソ連崩壊後のロシアの惨めな姿が,トラウマとなって彼の愛国者魂に火をつけている。
筆者には今回のプーチン大統領のウクライナ侵攻が,第二次大戦中のヒットラーの,独ソ不可侵条約を一方的に破棄してまでの,ソ連侵攻の意思決定ぶりとダブって見える。あの当時,ドイツ国防軍内には一つの共通認識があった。それは,西部戦線と東部戦線,この二つを同時には追求しないというもので,第一次大戦の敗北から得た重大な教訓だった。それを,ドイツ国防軍は簡単に廃棄してしまう。ヒットラーはどんな手で,軍内の共通認識をいとも簡単に捨てさせ得たのか…。
答えは簡単だった。総統と軍幹部との関係を,あくまでも一対一に位置づけ,軍組織全体との協議にしなかったのだ。例えば,ある案件に関し,ヒットラーは特定のAという将軍に下命する。別の案件は,Bという将軍にという按配。決して,軍組織全体としての精査を加える余地を与えない。AなりBの将軍の立場に立てば,総統だけが知っている秘密情報があって,勝てると総統が判断したからこその,この下命だ,との認識となり,自己免責の精神が生まれる。つまり,ヒットラーは,情報の非対称性をうまく活用したのだ。
今回,プーチン大統領も,恐らくは同じ様な手法を使ったのだろう。大統領から侵攻のための動員を命じられた将軍の胸には,「ウクライナは侵攻すれば直ぐに音を上げる。以前のグルジアの場合も,クリミアの場合も,抵抗らしい抵抗もせず,直ぐに白旗を上げたではないか…。大統領の手元には,そんなウクライナの自己崩壊の予兆情報がたくさん集まっている…。そんな情報に基づいて,大統領は決断した」と…。ところが,実際はそうならなかった。侵攻計画に緻密性を欠き,亦,想定外のウクライナの抵抗に遭ってロシア軍の補給路が乱れ,軍の増強もままならないのは,そもそもの出兵計画が,軍組織を挙げての検討を経ず,大統領と一部取り巻きの側近達の粗野な計画に基づいていたからではないのか…。
煎じ詰めれば,ウクライナ問題の決着は,戦場の勝利で決まる。ウクライナが持ち堪えれば,プーチンの優位は減価する。ウクライナのゼレンスキー大統領はそれ故,自軍に不利な戦場で,なんとか時間を稼ぎ,その間に民間人の避難や欧米からの武器を含む各種増強を得ようとする。対してプーチン大統領は,欧米の関与を出来るだけ拡大させないよう,威圧を繰り返す。
そんな眼鏡で見ると,3月24日のNATO,EU,G-7の一連の首脳会議も,少なくともその前後の期間,ロシアはウクライナを全面攻撃できない…,そんな欧米側の政治的計算も見えてきてしまう。亦,各種の対ロ制裁も,時間が経つほどに効果が出てくるはずだ,とも…。
だが,逆も亦,真なり。ロシアの側も,同じような計算で動いている。時間が経ってくれば,国連でロシア批判票を投じた時の雰囲気も薄れ,考えを改めざるを得ない国も出てくるはず。ロシアが早々とG-20出席を公表したのも,G-20諸国にそんな踏み絵を踏ませる,との計算があったからに他なるまい。
結局,冷徹に言えば,神は自ら助くる者しか,助けないのだ。ウクライナが今後とも,抵抗を続け続けるためには,キエフ政府は倒れてはならないし,ゼレンスキー大統領がロシアの捕虜になってはならない。そのため,NATOや欧米は,最低限これ以上,窮地にあるウクライナ現政府を見放してはならないのだ。一方,プーチン大統領は,そんな欧米の足下を割ることに,最大注力し続ける。勝利の神は,時間を自陣営に有利に働かせた方に微笑むのだから…。
- 筆 者 :鷲尾友春
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
関連記事
鷲尾友春
-
[No.3612 2024.11.11 ]
-
[No.3604 2024.11.04 ]
-
[No.3601 2024.10.28 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]