世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウクライナ戦争が迫る体制選択とエネルギー安全保障
(株式会社 武者リサーチ 代表)
2022.03.28
軍事,地政学の専門家ではないが,一定の論点整理を試みたい。ウクライナ人の抵抗,西側世界の結束によりプーチン氏の目論見は崩れた。降伏撤退か,さらなる強硬策による流血の惨事の拡大か,どちらにしてもウクライナの敗北はなくなった。バイデン米大統領は「ウクライナ国内でロシア軍と対戦しない」と明言しているが,ウクライナでのジェノサイドをいつまでも見逃すことはできないはずである。ここで侵略が正当化される前例が作られれば,台湾併合を狙う中国に大きなインセンティブを与えることになる。ウクライナ戦争は将来予想される台湾有事の格好の土台になるはずである。WSJはNATOのウクライナ参戦準備を提起し始めた(3.14社説)。
結局は,プーチン氏の野望に相応の懲罰が課されることになるだろう。ロシアは西側による経済制裁により頼みの綱であるエネルギーも取り上げられ,大ロシア主義は破綻,発展途上貧国として長期停滞を余儀なくされるだろう。
米国とNATOは中国に踏み絵を迫っている。ロシア産天然ガスの購入,軍事物資支援などを通して経済支援を行い西側の制裁に対する抜け道を提供することが疑われているが,それへの対応次第では中国が孤立しかねない。中国の1~2月のロシアとの貿易総額は前年同期比38.5%増と急増し中国全体の貿易総額の伸び率(15.9%増)を大きく上回った。
踏み絵を踏まされる中国
中国は国連のロシア非難決議に棄権した。また欧米の首脳がボイコットした北京オリンピック開幕式に訪中したプーチン氏との間で,「一致してアメリカに対抗する姿勢を鮮明にした共同声明(2月4日)」(NHK)を発表している。曰く「中ロの国家間関係は冷戦時代の政治軍事同盟より上位のものであることを両国は再確認する。両国間の友情は無限であり」,「両国の協力にタブーも上限もない」,さらに「NATOのさらなる拡大に反対する」「中国側は,ロシアが提案しているヨーロッパにおける長期的で法的拘束力のある安全保障の形成について共感し,支持する」また「米国のインド太平洋戦略が地域の平和と安定に与える負の影響を強く警戒する」とうたっている。法的同盟関係ではないが,露中協商の成立そのものともとれる内容である。プーチンロシアの敗北が見えている以上,習近平中国は窮地に立たされていくのではないか。ウクライナ戦争は体制選択と言う要素を持っており,中国の曖昧戦術は許されないだろう。
新冷戦の時代,エネルギー安全保障の重要性
ウクライナ戦争は,エネルギー安全保障の重要性を思い知らせた。第二次世界大戦の事例を持ち出すまでもなく,エネルギーの遮断は生命線である。プーチン氏はロシアの持つエネルギーのレバレッジを最大限活かしてウクライナ危機を作り出した。
ロシア依存というEUのエネルギー供給の脆弱性が無ければプーチン氏はウクライナ侵攻を思いとどまっただろう。EUは北海やオランダからのガス産出が減退する中,ロシアへのガス依存度を高め,今ではその4割をロシアに依存している。再生可能エネルギーの推進,石炭火力の廃止,原子力開発の停止などにより,天然ガスのロシア依存は高まる一方であった。プーチン氏はEUのロシアへの天然ガス依存の高さゆえに制裁リスクが回避されるとの目論見でウクライナ侵攻に踏み切ったと見られる。
時すでに遅しだが,EUをリードするドイツ・ショルツ政権は政策大旋回に踏み切った。ロシアによるウクライナ侵攻直後の2月27日,ドイツ議会の特別セッションにおいて,1000億ユーロの軍近代化予算と,軍事予算の増額(対GDP比1.5%から2%へ)が表明された。また北海ルートのパイプラインノルドストリーム2の棚上げも打ち出された。さらにロシアの国際決済システムSWIFTからの排除,ミサイルと装甲車のウクライナへの援助,石炭と天然ガス備蓄の増強,カタールと米国からのLNG受け入れターミナル2つの建設などが緑の党の同意のもとに打ち出された。2022年に全廃が決まっていた原発の運転延長や廃止原発の再稼働なども俎上に上ってくるかもしれない。
世界で唯一,核を保有する現状変更勢力3か国,すなわちロシア,中国,北朝鮮に国境を接している日本の潜在的リスクは極めて大きい。ドイツに見られるように,これまでの政策の抜本的転換が必要である。同盟の強化,軍事力の整備・近代化とともにエネルギー安全保障体制の再構築は急務である。手始めは原発の再評価であろう。原発再稼働論議に,①原発の安全性,のみならず国家安全保障上の配慮が加わることは必至である。
エネルギー自給率を国際比較すると,日本は12%と主要国中最低である。米国97%,中国80%は遠く及ばず,ロシアの脅威にさらされているドイツ37%,イタリア23%よりも低い。
長期的にはゼロカーボンを目指した脱化石燃料化,再生可能エネルギー化の推進は大切である。しかしエネルギー構造の全面的転換までの長い期間,依然として火力発電が中心になる。米国・オーストラリアなどの安定供給先からの天然ガス・LNG継続投資が必要である。加えて自給率の向上には,クリーンかつ安全保障に資する原子力発電の再評価が必須であろう。東日本大震災前の2010年には日本の電源供給の25%を占めていた原子力の比率は直近では6%に低下している。現存する36基の原発のうち,再稼働されたのは10基にとどまっている。運転期間を現行の40年から安全とされる60年への延長も求められる。より安全な小型モジュール式原子炉(SMR)の必要性が高まってこよう。フランスでは昨年11月原子力発電の新増設再開に舵を切った。ウクライナ戦争と言う新事態に対応して,ドイツやフランスのように日本もエネルギー政策を抜本転換する時であろう。
- 筆 者 :武者陵司
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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