世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ氏は帝国主義者なのか
(武者リサーチ 代表)
2025.03.10
歴史の針が大きく逆回りし始めたように見える。20世紀前半までの,列強による世界分割,各国が権益追及を丸出しにして,戦争にまい進した帝国主義時代に戻ったとしか思えない変化が起きている。南シナ海の公海上の岩礁を埋め立てて軍事要塞化した中国や,主権国家ウクライナにあからさまに侵略し領土を奪取したロシアなど,ならず者国家群(Rogue Nations)だけかと思ったら,トランプ政権もそれに劣らず対外膨張の意欲をあからさまにしている。
トランプ氏はグリーンランドの領有やパナマ運河の管理権の奪還,メキシコ湾のアメリカ湾への呼称変更,2015年に「デナリ」と改称されていたアラスカ州の北米最高峰の名称を,それ以前の「マッキンリー」への呼称に戻すこと等は領土拡大の野望をむき出しにしたものととらえられる。マッキンレーはハワイ併合・フィリピン併合・米西戦争など帝国主義政策を推し進めた第25代大統領である。
しかし古典的帝国主義とトランプ氏には決定的違いがある。対外膨張の契機の有無である。レーニンが倣った帝国主義論はイギリスの経済学者ホブソン(1858-1940)の主張であったが,その骨子は,資本主義の下での過剰貯蓄と過少消費が,対外膨張主義,帝国主義戦争を引き起こしたというものであった。「技術の発展が有効需要を上回る工業生産力と過剰生産を引き起こし,過剰貯蓄と過剰生産のはけ口としての外国市場,外国投資領域が必要となった」。その根本原因は「企業家・金融家に偏った富の配分,つまり『消費力の悪分配』」にある。「消費力の悪分配」が余剰資本を形成させ,それがイギリスの帝国主義的対外膨張・侵略の契機になった。「余剰所得が高賃金として労働者に流すか,租税として国に流すかされれば,その結果としてそれが蓄積される代わりに支出され消費を膨らませるのに役立ち,(対外膨張の誘因はなくなる)」(J.A.ホブソン「帝国主義論」岩波文庫)との解決策を提示している。
このように生産力と資本の過剰蓄積が帝国主義的対外膨張の原因であるとすれば,今の米国経済とトランプ氏の経済政策はまるで逆である。米国の製造業生産力は大きく劣後し海外から財を輸入して貿易赤字を積み上げている。トランプ氏は製造業の国内回帰を目指して関税引き上げをとようとしているし,対外投資ではなく海外からの対米投資を求めている。
むしろ20世紀初頭の帝国主義を地で行っているのが中国である。世界人口の17%に過ぎない中国は世界製造業生産の4割弱(米国の2倍強)を集積し,鉄鋼5割,スマホ8割,PC,TV9割の高世界シェアを獲得している。特にグリーンエネルギー関連ではソーラパネル,EV,バッテリー,風力発電設備では6~8割と他国の産業基盤を破壊している。更に米国から輸出規制をかけられてきた半導体では,最先端ものではないものの過去数年間世界の半導体設備投資の3~4割と言う高投資を続け,パワー半導体,アナログ半導体,DRAMなどのレーガシー半導体と言われる分野でも,著しく競争力を強め,各国への低価格供給を始めている。このように国内で積み上げた過剰供給力によるダンピング輸出で各国産業基盤を破壊している。
USAID等対外支援を縮小する米国の間隙を縫って対外投資も復活するかもしれない。大幅な貿易黒字で稼いだ外貨の投資先として,一度は萎みかけた一帯一路などの海外投資を再拡大させそうな雰囲気もある。この資金力を使っての軍事力増強は世界に緊張を著しく高めている。
一見帝国主義に見えるトランプ氏の一連の政策,言説の多くは,この中国の「現代版帝国主義」に対抗してのものである。グリーンランドやウクライナの鉱物資源は今や世界の希少資源生産の大半を支配する中国依存を脱却する必要から出てきている。パナマ運河も中国による権益支配を許さないために打ち出された。トランプ大統領が侵略者であるプーチン氏と気脈を通じ,祖国防衛に苦闘するゼレンスキー氏に大きな譲歩を求めているが,それも対中戦略から出てきている。バイデン政権の侵略者ロシアの弱体化政策は,ユーラシア大陸の中枢に巨大な地政学的空白をつくることであり,中国の膨張に直結する。ロシアが中国に従属しつつ自由主義国に対抗すれば,核を中軸とする軍事力は容易に米国に優越する。中国がフランケンシュタイン化した今,ロシア弱体化と言う選択肢はないと考えているのであろう。
一見強権的で礼節を欠いたトランプ氏や政権幹部の言動の背景の洞察が重要である。
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