世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2446
世界経済評論IMPACT No.2446

北京冬季五輪後,台湾有事はあるのか!:武力行使が取り沙汰される各年を検証

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.03.07

(1)2022年の台湾有事説

 「北京冬季五輪後に台湾に武力行使」という可能性を提起したのは,アメリカ共和党下院軍事委員会のシニア議員マイク・ロジャース(Mike Rogers)である。ロジャース議員主張の要旨は次のようである。「アメリカの“不名誉なアフガニスタン撤退”や“対ウクライナ問題への弱腰”から中国がバイデン大統領の指導力を誤判する」,「アメリカのアンケート調査では大統領の「不支持」が「支持」を凌駕していること,次期大統領選挙に前大統領トランプが出馬し,バイデンの再選はないだろうと見ている。対中強硬のトランプが返り咲く前に,習近平国家主席は台湾に武力行使する可能性が高い」とするものだ。

 この主張は情報収集によるものでなく,政治情勢からの判断であろう。しかし,これまで同様の状況判断で中国の武力行使を見誤った例は非常に多い。2021年の1年間に台湾海峡中間線の防空識別圏(ADIZ)付近に接近するか,識別圏を超えた中国軍機の数は961機を数え,台湾軍機はスクランブル発進を余儀なくされた。これは1日平均で2.6機の中国軍機が飛来し威嚇していることになる。

 これらの動きは習近平の「中国の夢(チャイナ・ドリーム)」の一環として,自らのイメージと歴史的位置付けを作り上げることに役立っている。習は今年秋の3期目の国家主席の任期継続や,2027年の4期目の任期継続を視野に入れている。今年の秋に任期が更新された場合,習近平(1953年6月生まれ)は69歳になる。

(2)2025年の台湾有事説

 台湾国防部(国防省)刊行の『国防白書』によると,2025年に人民解放軍は台湾侵攻能力を備えるとされている。ここで注意が必要なのは「台湾侵攻能力を備える」のであり,「台湾への武力行使に成功する」ではない点だ。近年,中国は空母や両棲揚陸艦を次々と建造し,2025年には台湾への侵攻能力を備えると主張している。当然,台湾の国防部も対応策を準備していることは言うまでもない。

(3)2027年の台湾有事説

 米インド太平洋軍の前司令官フィリップ・デービッドソン(Philip Davidson)とインド太平洋軍の司令官ジョン・アキリーノ(John Aquilino)は「2027年の台湾有事説」を提起した。デービッドソン前司令官は退任前の3月に,米上院軍事委員会の公聴会で「私は中国の野心と権威主義が加速していることを心配している。中国は,2050年以前にアメリカの国際社会における主導的な立場に取って代わろうとしている」,「その目標達成の前に,台湾侵攻は中国の優先的な目標となる。この脅威(武力行使)は明らかなことであり,この6年以内に発生する可能性が高い」と指摘した。デービッドソンの「2027年説」の根拠は,習近平が2027年に「建軍100年奮闘目標」の達成を表明したこと。また,この2027年に中国共産党第21回党大会(21大)が開催され,習近平が4期目の国家主席に入る時期であることだ。

 外務副大臣,参議院外交防衛委員長,防衛大臣政務官を歴任した佐藤正久参議院議員は「習近平は台湾を奪取する意図があり,2022~2027年になると台湾への圧力が高まる。日米台は防衛協力メカニズムを急いで構築して対応すべきで,早くしないと,手遅れになる」と警告を発した。2027年の「建軍100年」の年に習近平は74歳になる。

(4)2034年の台湾有事説

 ジェイムズ・スタヴリディス(James Stavridis)とエリオット・アッカーマン(Elliot Ackerman)が執筆した『2034:米中戦争(2034:A Novel of the Next World War)』は,2034年に台湾海峡情勢が極めて緊張すると推測した。スタヴリディスは米国南部司令官(2006年から2009年)および米国欧州軍司令官とNATO連合国軍ヨーロッパ最高司令官(2009年から2013年)を務め,輝かしい業績をあげた人物である。小説の内容は2030年に米中が南シナ海で衝突し,「世界大戦」に至るプロセスを描いている。アメリカの対中政策は無力化し,米中関係は悪化の一途を辿る。両国の開戦日が刻一刻と近づいてくる。本書では戦略的に戦争の回避と中国の野心の抑制を訴える。2034年に習近平は81歳になる。

 中国は「国家綜合立体交通網規画綱要」で,福州から台北につながる高速鉄道(中国版新幹線)の建設を一方的に発表した。この計画では15年をかけて台湾海峡を貫通し,北京から台北を結ぶ鉄道が2035年に開通するという。北京から香港に至る高速鉄道の“台湾バージョン”と考えてもいいだろう。厳密に言えば,高速鉄道の開通は台湾有事とは言えないため,2035年説はここでは扱わない。

(5)2049年の台湾有事説

 『China 2049:秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」(The Hundred-Year Marathon)』の著者マイケル・ビルズベリーは,ニクソン政権からオバマ政権に至るまで対中防衛政策を担当する国防総省顧問である。原著の英文名を直訳すると「100年マラソン」であり,中国の100年後の野望を描いている。第10章「威嚇射撃」は台湾海峡と尖閣諸島における横暴を論じている。なお,本書と前出のスタヴリディスの著書は邦訳書があるため詳解は省略する。

 2049年は中国の建国100周年である。2017年の中国共産党第十九次全国代表大会(19大)報告において,「両岸統一は中華民族の偉大な復興の必然的な要求であり,統一の時間点は2049年であり,すなわち,中国の建国100周年にあたる年である」と発表した。2049年に習近平は96歳で,既に第1線からは退いているであろう。

 北京冬期五輪終了後,すぐに台湾有事が勃発する可能性は高くないと見込まれる。今秋の中国共産党第二十次全国代表大会(20大)で習近平が第3期5年間の任期に入る可能性が高い。仮に台湾海峡で有事が発生した場合,習の権力の安定掌握に負の影響をもたらすことになるためだ。ニクソンおよびフォード政権期の国家安全保障問題担当大統領補佐官,国務長官を歴任したヘンリー・キッシンジャーは,今後の10年内の台湾海峡での武力衝突はないと楽観視している。

 上述のように台湾有事に関し異なる分析が示されるものの,引き続いて情勢を注視・観察し,「禦敵従厳(=敵を軽んぜず,より厳重な対策で立ち向かう)」が必要となろう。米日の協力は必要であるが,台湾自身の防衛力の構築は非常に重要である。

 2020年8月,元米陸軍退役中佐でランド研究所アナリストのデビッド・オクマネク(David Ochmanek)は英誌『The National Interest(ナショナル・インタレスト)』に「中国の台湾侵攻をアメリカは上手く撃退できるか?(“Can America Successfully Repel a Chinese Invasion of Taiwan?”)」を寄稿した。

 分析には国防総省とランド研究所による米中戦争のシミュレーションが用いられたが,「恐らくアメリカが敗ける可能性が高い」という不都合な結果がでた。(1)中国は数日から数週間で台湾を占領することができる。(2)仮にアメリカが中国を撃退できたとしても,アメリカは恐ろしいほど巨額な費用の代償を支払わなければならなくなる。(3)台湾と中国大陸の距離は近いが,アメリカとの距離は6000海里であることがその根拠に挙げられる。

 これに対する代替案としてオクマネクは,台湾やアジア太平洋地域の同盟国に自衛能力を強化させることを挙げている。中国は「接近阻止(anti-access=A2)/領域拒否(area-denial=AD)による非対称戦略」の防衛能力を構築しているが,「台湾も自ら“A2 / ADの非対称戦略”の防衛能力を構築し,ミサイルの防衛能力を向上させれば,中国に対し武力行使の重大な代価を負わせ,中国を勝たせずに済む」と提言している。

いずれにしても,現時点で中国による台湾への武力行使に関しては確信には至っていない。

[参考文献]
  • エリオット・アッカーマン,ジェイムズ・スタヴリディス著,熊谷千寿訳『2034:米中戦争』二見文庫,2021年。
  • マイケル・ビルズベリー著,野中香方子訳『China 2049:秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』日経BP,2015年。
  • 遠藤誉「中国が台湾を武力攻撃した時にアメリカは中国に勝てるか?」中国問題研究所,2020年8月27日。
  • 朝元照雄「世界経済評論Impact No.2268,2021年8月30日付」。
  • 朝元照雄 「世界経済評論Impact No.2139,2021年5月10日付」。
  • 朝元照雄「世界経済評論Impact No.2412,2022年2月7日付」。
  • 朝元照雄「世界経済評論Impact No.2400,2022年1月24日付」。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2446.html)

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