世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
LC計画推進にコロナ禍の影響:第2期有識者会議が議論公表
(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2022.02.28
実現すれば日本が初のホスト国になる大型国際科学プロジェクトに「国際リニアコライダー(ILC:International Linear Collider)計画」がある。ヒッグス粒子の存在を突き止めたスイスにあるCERN(欧州合同原子核機構)の円形加速器LHC(Large Hadron Collider)の最先端線形後続機として,日本に建設が計画されている。この計画について検討を進めてきた文部科学省は第2期有識者会議を設け,昨年7月以来12月にかけて計6回の審議をオンラインで行い,その結果をまとめこの2月14日に公表した。これは第1期有識者会議の後を受けて最近の国内外情勢を踏まえILC計画の推進をレビューしたもので,この計画の学術的な意義は認められるものの現時点での推進決定は時期尚早とし,引き続いて再検討を求めている。その背景には,ホスト国の日本だけでなく推進役の欧州と米国が新型コロナウィルス感染拡大に見舞われ,建設費等財政負担に課題を抱えていることが大きく影響している。
コロナ禍の影響で財政負担見通し困難
第2期有識者会議の審議のまとめは「国際リニアコライダー(ILC)計画の諸課題に関する議論のまとめ」と題され,文部科学省のホームページに公表されている。A4版で本文15ページに会議資料6点が付されており(全体で255頁ページ),まとめの中心はILC計画の諸課題の現状についてである。この中で①国際的な研究協力及び費用分担の見通し,②学術的意義や国民及び科学コミュニティの支持,③技術的成立性の明確化及びコスト見積もりの妥当性が議論されている。①では,日本でのILC建設を支持している非ホスト国(欧州や米国)の十分な貢献を含む現実的かつ持続可能な国際費用分担,ILC計画の承認と関係国政府の資金確保に向けた議論の進展がレビューされた。
ILC建設コストについては,当初計画の地下に全長50㎞,1兆円を上回る計画(500GeV)が20㎞,8,000億円強の計画(250GeV)に見直され,このうちホスト国が半分以上負担し残りを欧米等国際負担される方向で議論されて来た。ホスト国の日本は計画の意義は認めつつも欧米の財政負担が見えない中で態度を保留し,政府間交渉の進展を続けて来た。そんな中で,新型コロナウィルス感染拡大のパンデミックに遭遇し,まだ収束の見通しがつかない現状に新たに地球温暖化対策の課題も加わり,財政負担や計画推進の交渉は優先度が低まったようである。会議では委員から各国とも財政的に厳しい中では,関係国が歩み寄る方向が見えないと日本の判断が難しいし,欧米の様子待ちの日本が主導して議論を進めない限り状況は動かせないのではとの見解が表明されている。計画を統括する国際研究者組織ICFA(International Committee for Future Accelerators)が日本のKEK(高エネルギー加速器研究機構,つくば市)に立ち上げたILC推進組織IDT(International Development Team)が準備研究所(Pre-Lab)を建設する決定も時期尚早と見ているようだ。
国民及び科学コミュニティの支持も重要
財政負担の課題とともに,ILC計画推進には国民と科学コミュニティの支持が不可欠としてその必要性を訴えている。これが特にホスト国日本に必要と思われるのは,ILC計画の学術的意義は大きいと認められるものの,文部科学省が第2期有識者会議を設置し審議を続けていることついて建設候補地の東北地方を除くと首都圏マスコミも報道がないことに表れているように思う。新型コロナウィルス感染拡大の背景もあろうが,国民が広く理解し関心を持つには至っていない。科学コミュニティも人文科学系等関係がない分野の研究者や候補地の東北以外の国民の支持が進んでいないのが現実であろう。ILC計画は素粒子物理学の分野の国際プロジェクトで,一般には馴染みが薄いことも影響していると思われる。そこで,第2期有識者会議は,ILC計画の理解と支持の広がりが必要と判断している。
ILC建設の候補地は北上山地南部の岩手県と宮城県境で,両県を中心に東北地方にとっては東日本大震災からの復興と将来に期待がかかる千載一遇の国際プロジェクトであろう。そのため,東北地方では産官民の推進活動や政府への働きかけが続いているが,計画の理解や推進活動が全国レベルには広がっていない現実も否定できない。これが財政問題とともにILC計画の推進に影響していると考えられ,新型コロナ禍の早期収束とともに全国的な教宣活動の広がりが期待されるといえよう。素粒子物理学は日本でノーベル賞受賞者が最多を誇る分野で,また実験に必須の超電導素材や機器分野は日本企業の競争力があり欧米の研究所でも活用されている。これがILCは日本で建設する計画で国際的に期待されている背景であり,この機会を何とか実現して欲しいと今後の進展を願っている。
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