世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「低成長」脱却のために痛みを伴う構造改革も断行せよ
(法政大学経済学部 教授)
2022.01.10
2022年という新たな年が始まる。ワクチン接種が進み,コロナ収束に向けた一定の希望が見え始めた今,岸田政権は,「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとし,新しい資本主義の実現に動き始めている。このコアになるのは,内閣に設置された「新しい資本主義実現本部」であり,政府はこの本部が運営する「新しい資本主義実現会議」を中心に議論を行い,2022年春頃にビジョンとその具体化の方策を取りまとめ公表する予定だ。
「成長と分配の好循環」でまず重要なのは,分配の原資をどう生み出すかという視点だろう。分配の原資がないなら,そもそも分配できない。経済全体のパイの規模を決めるのが「国内総生産」(GDP)だが,その点で重要なのは「経済成長」(GDPの伸び)だ。これを国民一人当たりで評価した指標が「一人当たりGDP」で,この指標は我々の平均収入を示すが,その成長率がプラスなら,分配の原資が存在するとも言える。
IMFデータにより,中国・日本・韓国・アメリカの「一人当たりGDP成長率」をみてみると,2000年から2018年の平均はいずれの国もプラスで,日本もプラスの値であるため,分配の原資が存在しないわけではない。「日本は低成長なので分配の原資がない」という意見がテレビや新聞で時々聞かれるが,それは間違いだ。
しかしながら,日本の一人当たりGDP成長率は,名目(ドル表示)で比較しても,実質(購買力平価)で比較しても,この4か国のなかで最も低い。
例えば,名目の成長率は,中国が12.9%,日本が0.7%,韓国が5.7%,アメリカが3%であり,実質の成長率は,中国が9.4%,日本が2.3%,韓国が5.3%,アメリカが3%である。
低成長でも日本はアメリカに肩を並べる経済大国なので,一人当たりGDPの水準は韓国や中国よりも高いはずという思い込みもあるが,IMFデータでは,実質の一人当たり実質GDPは2019年に日本は韓国に抜かれてしまっている。名目ではまだ日本の水準が韓国を上回っているが,2000年から2018年の成長率で伸びていくなら,2030年に韓国は日本を追い抜いてしまう可能性がある。2030年は,いまから10年もない。
しかも深刻なのは,2000年から2018年の成長率で伸びていくなら,中国の一人当たりGDPが日本やアメリカをいずれ追い抜いてしまうことだ。中国が日本を追い越すのは,名目で2036年,実質で2037年となる。また,中国がアメリカを追い越すのは,名目で2044年,実質で2045年となる。中国の一人当たりGDPがアメリカ並みの水準になれば,日本の安全保障にも大きな影響を及ぼす。
もっとも,いま中国経済は減速し始めており,本当に中国の一人当たりGDPが日本やアメリカを追い抜くかはまだ分からない。しかしながら,中国の一人当たりGDP成長率の方が日本よりも高い状態が続くなら,いずれ追い越されることは明らかだ。
いまの日本に必要なのは成長だ。成長率の引き上げは容易ではないが,「成長と分配の好循環」のためだけでなく,安全保障の観点を含め,痛みを伴う構造改革や資源配分の見直しも断行し,経済成長の底上げに力を注ぐ必要があるはずだ。
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