世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウクライナと台湾,輪郭を見せ始めた新冷戦の構造
(関西学院大学 フェロー)
2022.01.10
ウクライナを巡るロシアと米・NATOの対立が表面化してきた。
ロシアの国家安全保障戦略では,「ロシアは敵対的な米国とNATOに攻囲されており,彼らは軍隊をロシア国境付近に移動させている…西側の経済制裁は,ロシアの主権・領土を脅かす手段である」との認識。
一方,米国やNATOは,ロシアがウクライナ国境に10万もの兵力を張り付けているのを憂慮,万が一,ウクライナ侵攻があれば,軍事衝突に加え,経済制裁の強化などで,ロシアの痛みは増す,との警告を発出,亦,米国防省は,ウクライナへの軍事援助を増し,且つ,対戦車用ミサイルの追加配備をも表明。
これに対し、プーチン大統領は12月23日,恒例の大統領記者会見で,来年1月のジュネーブでの米ロ首脳会議への期待を述べる反面,NATOの東方拡大停止を要求,さらにウクライナ侵攻の可能性を排除しなかった。こうした状況下,米英2か国は,ロシアからのウクライナ政府機関へのサイバー攻撃を阻止するため,専門家集団を同国に派遣。要するに,米国は、プーチン大統領が未だ,侵攻を決定してはいないとしながらも,万が一の場合の事前サインを読み取ろうと,万全の準備に余念がない,といったところか…。
目をユーラシアの東に転ずれば,台湾を巡る米中の対立が激化している。専門家は,中国が台湾に,当面は,ロシアがウクライナで採用しているのと同類の手法,つまり,サイバー攻撃や社会分断工作を仕掛けてくる可能性を案じ,米国は,サイバー専門家の派遣などで対応,亦,中国の空軍機が台湾防空圏に侵攻を繰り返しているのを,ウクライナ国境沿いに軍隊を配置しているロシアの手法とダブらせる。オースティン米国防長官は,こうした中国軍機の侵入を,将来の台湾進攻に向けた演習の可能性もあると警鐘をならす。更に,台湾の離島の一部を,中国が占有する懸念も浮上しているらしい。これも亦,ロシアのウクライナ占有が,万が一あったとしても,ロシア系住民が住む一部地域にとどまるのではとの,西側報道の予測と,類似の発想。
要するに,ユーラシアの西と東,同じ様な思考で,西ではロシアが,東では中国が,それぞれが自身の領域だと主張する地域に,同時並行的なアプローチを試みているというわけだ。ユーラシア両端の,EUや日本にとっては,これはまさに,“新冷戦構造”の出現なのだ。しかし,そのインパクトは恐らく日本への影響の方が大きいであろう。
周知のように,最近,中ロ両国の戦闘機や軍船が共同演習で,日本列島を回遊したが,これなども両国の同床異夢的な目論見が,日本への脅威感を倍加させた典型例。ロシアは,ウクライナでの米国の圧力を弱めるため,極東での中ロ演習を実施,そうすることで米国の関心を一層アジアに向けることができるし,中国にとっては,ウクライナ情勢との連動を示すことで,米軍のアジアシフトを幾分なりと抑止できる。事実,鳴り物入りの米軍配備のアジアシフトは,中東や中欧情勢の不安定化とも絡んで,現状,不十分なものになりつつある。
熟慮すべきは,EUと違って日本が,ロシアと中国それに北朝鮮の3者を脅威として想定しなければならない,独特の地政学上の地位にあることだろう。
戦争は外交の一手段,とはクラウゼビッツの言葉だが,逆に言えば,「外交は多面性と多くの選択肢を持たねばならぬ」との教えともとれる。最悪を認識しつつ,そうした想定に至らないように,経済・外交両面で出来るだけの手を模索するしかないのだ。
冷戦構造の発案者とされるジョージ・ケナンは嘗て,「いかなる手段によっても,明確で満足のいく決着など,到底望みえない意見の違いがある場合,武力で違いの解消を図るくらいなら,回りくどく,腹立たしいほどスローなテンポであっても,外交という手段が相手を敗北させるまで,少なくとも30年は待たねばならない」と述べた。しかし,そうした“待ち”が許されるのは,前提として,双方の対立構造が、逆に,“安定”していなければならない。
このように見てくれば,日本が指向すべきは,先ずは新冷戦構造を明確に意識して、その対立構造を定着させ,次いで,そうした構造を前提にしての,安全保障を加味した両陣営間のルール作りではなかろうか。これは,言うは易く、行なうは難しい。世界経済が既に相互依存化しており,それを今から,「サプライチェーンに経済安保の視点を」などと提唱しながら,既存のネットワークを,出来るだけ少ない軋轢で,変質させなければならないのだから・・・。更に,新しい技術は、多かれ少なかれDual-Use性を持っており,そうした技術の発展が必ず新兵器と結びつき得るのだから・・・。加えて,企業のこうした行動が常態化すれば、経済は最早,合理性だけで律しきれない,極めて制度指向の強いものに変貌して行くはず。同時に、企業経営の在り方も当然変質するだろう。台湾の半導体大手企業が,日本に工場を建設し,日本企業がそれの合弁相手となるケースなど,そうした変質の先例だろう。
いずれにせよ,今後の方向は,国家や企業の戦略において,情報関連の技術や新製品が持つ意味が格段に大きくなるということ。米国が,「TPPはもはや古い。より新しい経済連携を」と主張,デジタル技術やサプライチェーンを対象に挙げるのも,「今や既に新冷戦」の認識なら,至極当然。中国が,シンガポールやニュージーランドが主導する、既存のデジタル貿易協定に触手を伸ばすのも,理由は全く同じなのだから・・・。
関連記事
鷲尾友春
-
[No.3612 2024.11.11 ]
-
[No.3604 2024.11.04 ]
-
[No.3601 2024.10.28 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]