世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2366
世界経済評論IMPACT No.2366

独トラフィックライト新政権の始動に交錯する期待と不安

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2021.12.13

 12月8日,9月の総選挙で第一党となった中道左派SPDが主軸となり,環境政党Green,リベラル・親ビジネス政党FDPとの3党連立政権が誕生した。16年間独及びEUを牽引してきたメルケル前首相は引退し中道右派CDU/CSUは下野する。SPDのショルツ前財務相が首相に選出され,新設の経済・気候保護相には副首相兼任でGreenのハーベック共同党首,外相にはGreenのベアボック共同党首,財相にはFDPのリントナー党首が其々就任した。

 177ページの連立協定には,SPDの目指す格差是正やGreenの気候変動対応加速,FDPの財政規律重視等,3党の主張が其々盛り込まれている。ただし,基軸となるのは国内政策では,パリ協定の1.5℃目標達成を目指す気候変動対策の加速による経済の変革。対外政策では,自由・民主主義・人権等の「価値観重視」外交である。以下ではこれらを中心に新政権の方向性と課題を考察する。

気候変動対策

 気候中立達成の目標時期を2045年に定め,以下の政策を実行する。

  • ●2030年の電力需要の80%を再生可能エネルギーとする(2020年現在45%。前政権の2030年目標65%)。
  • ●そのため風力発電への投資を大幅に拡充,国土の2%を陸上風力発電に利用,洋上風力発電容量を2030年30GWまで拡大する。
  • ●太陽光発電については発電設備の設置を新築には義務化し,発電容量は2030年迄に200GWを目指す(2020年現在54GW)。
  • ●石炭火力発電については前政権の計画である2038年迄の廃止から大幅に前倒し「理想的には」2030年迄に廃止する。
  • ●ガスについては,移行期において必要不可欠と認識。
  • ●今後数年間で,水素等気候中立的なガス利用に対応可能なガス火力発電所の建設を加速する。また,グリーン水素の電解槽設備容量を2030年迄に10GW(前政権の目標5GW)へ拡大する。
  • ●自動車では,2030年迄にEV登録台数1500万台を目指し,E-FUELを利用する場合を除き,2035年迄に新規登録はCO2フリー車のみとする。
  • ●国際連携として,最低炭素価格の設定,有志国と共同での炭素国境調整措置導入等による炭素リーケージの防止を謳う「気候クラブ」の展開を目指す。

対外政策

 メルケル前政権の外交政策の特徴がEUの結束を意識しながらのプラグマティズムだったのに対し,ベアボック外相のGreenの外交政策の特徴は「価値観重視」だ。

  • ●EUに関しては親EU色が鮮明。EUのエネルギー,医療,原材料輸入,デジタル技術等で対外依存度低下を狙う,産業面の「戦略的自立」を推進。一部加盟国が求める「安定成長協定」改変については,「より単純で透明性の高いものへの改変を目指す」と柔軟性は示されているが,Next Generation EUの恒久化に反対の立場を示す等,財政規律重視の姿勢に大きな変化はない。
  • ●二国間・地域間関係では,対米関係を国際関係の中心に置き,権威主義的国家に対し法に基づく国際秩序の安定を推進。
  • ●対インド・太平洋関係は,前政権の中国偏重外交から大きな変化が見込まれる分野であり,米国との緊密な連携の下,人権や法に基づき,対中政策を遂行。南・東シナ海問題,香港・新疆ウイグル問題,台湾問題等に言及,EUと協力し「自由で開かれたインド・太平洋」へコミット。重要な価値観を共有する日・豪・ニュージーランド・韓国との関係強化を謳う。
  • ●対露関係も人権問題の観点から変化が見込まれる。クリミア併合問題,ウクライナ問題等を背景に厳しい姿勢を示す。Nord StreamⅡについては協定に言及がないが,足下のウクライナでの緊張もからみ2022年上期の最大の懸案としてくすぶり続ける。

今後の課題

 国内政策面では,資金調達計画が曖昧だ。気候変動対策推進には大規模な公共投資や減税,補助金等が必要だが,財政規律重視のリントナー財相は,増税を回避しつつ債務ブレーキルール(構造的財政収支の均衡義務付け)への2023年以降の復帰を謳う。KfW(復興金融公庫)の活用や,2021年予算におけるコロナ対策の余剰資金調達枠の活用等様々な施策が提案されているが十分ではない。今後政策の実行段階で三党間特にFDPとGreenの対立を招く恐れがある。

 次に,Bundesrat(上院)において連立与党が多数派を形成できていないという問題があり,一部の政策は上院で野党の反対にあい滞る恐れがある。

 対外政策面では,EU内におけるリーダーシップ確立がある。EUでは独仏枢軸が軸となり重要課題への対処が進められてきた。しかし,マクロン仏大統領はメルケル後を睨みドラギ首相のイタリアと協力条約を結ぶ等,EU内のパワーバランスに変化が見られる。独仏枢軸の立て直しとイタリアも含めた関係の構築が急務だ。

 また,対中露政策を巡る連立政権内の対立も懸念される。SPDは経済的利益を重視し融和的だが,GreenとFDPは価値観重視で厳しい姿勢だ。首相と外相の外交政策を巡る主導権争いも含め政策調整が滞り三党間の緊張が高まる恐れがある。

 足下の課題としてCovid-19対策もある。ドイツでは新規感染者数が増加傾向だが同対策の巧拙が支持率の変動からBundesratの議席数増減につながると共に,大規模なコロナ対応予算を余儀なくされれば連立協定遂行の資金調達は一層困難となる。

 高い理想を掲げて走り出した新政権だが,政権内の対立が先鋭化し政策遂行が滞るリスクも高く,ビジネスへの影響を見る上で上記課題への対処をウオッチしながら柔軟な対応を心掛ける必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2366.html)

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